キャンセルカルチャー
超人気番組「キャンセルは誰だ!?」
この番組は日曜のゴールデンタイムに放送される旭テレビのドル箱番組。
番組の内容はターゲットとなった人物による動画やその人物に関する動画、その人物のSNS上の不適切な発言などを発掘して番組で晒し、その人物を社会的にキャンセルしてしまおうというものだ。
動画やSNS上の不適切な発言を発掘するという手法から、ユーチューバーやタレントなどがターゲットとなりえるのだが、ある程度知名度のあるターゲットでないと番組が成り立たないため、番組側は常にターゲットを探している。
たまに、ある知名人から被害を受けたという人物が番組に名乗り出ることもあるので、そういった場合はその知名人をターゲットとして番組で告発することもある。
番組の構成は前半、その週のターゲットに対する告発するコーナーでは、いかにターゲットがゲスであるかを編集して紹介している。
後半は前週ターゲットにされたいけにえの現状紹介となっている。
番組開始からこれまで4人が自殺し、5人が失踪して行方不明、残り9割が職を失っていた。
視聴者は悪が滅びたと快哉を上げ、視聴率は一向に衰える気配はない。
番組の司会を務めるのは旭テレビから独立してフリーアナウンサーとなった山根誠二。
普段なら、番組の打ち合わせのため収録の2時間前にスタジオ横の打ち合わせ室でスタッフと打ち合わせをするのだが、その日に限って打ち合わせはないので収録まで適当に時間を潰していてくれ、とディレクターから言われていた。
おかしなこともあるものだと思った山根だが、仕方ないので楽屋に戻りマネージャーに頼んで弁当を取り寄せた。
弁当も食べ終わり、楽屋に置いてあったテレビを見ていたら、収録が始まるのでスタジオに集合するようアシがやってきて告げていった。
何がどうなっているのか、何をどうすればいいのか分からなかったが、ディレクターに言われるままステージに上がって立っていたら、カメラのランプが点灯した。番組収録が始まった。
「???」
その冒頭。ステージ上の大型パネルモニターにいきなり山根のよく知る女性の顔写真が大写しされた。
もちろん放送時には女性の顔にはぼかしが入るのだろうが、録画中の今はぼかしなどは入っていない。
山根は彼女と5年前から交際しており、その間、彼女は3度妊娠し3度とも山根の頼みで堕胎している。
先月山根は彼女の住むマンションを訪れ別れ話を切り出している。
彼女は山根に泣いてすがってきた。
縋りつく彼女を足蹴にした山根は、そのまま彼女の住むマンションから立ち去り、新しい女のもとに向かった。
その彼女がそのことと今自分が妊娠中であることを、顔写真を背景に泣き声で話している。
放送では音声も変えるのだろうがここでは彼女の声そのままだ。
呆然とする中、山根の顔が収録用カメラで大写しにされる。
そして、山根の後輩アナウンサーが山根に向かいマイクを向けた。
「山根さん。彼女に何か言うことありませんか?」
山根が黙っていると、先月山根が彼女に別れ話を切り出し、最終的に泣いて縋り付く彼女を足蹴にして部屋を出ていく動画がスタジオの収録用テレビに流れた。
「……」
山根は何も言わず、いや、何も言えずそのままスタジオから逃げ出ていった。
「キャンセルされた」
その日の収録分は翌週放送され、告知動画などもネットで配信された関係で番組は記録的な高視聴率を記録した。
山根を番組で起用していたテレビ局は次々山根との契約を解除していった。
もちろんただ契約を解除したわけではなく重大な事実の隠ぺいによる説明義務違反として山根は複数のテレビ局から民事で訴えられた。
また当該女性からも傷害で告訴されたうえ法外な慰謝料を請求された。
山根は謝罪の動画をネットに投稿し、謝罪の言葉をSNSに流した。
しかし、それはこれまでのターゲット同様、逆効果だった。
彼の謝罪は、不誠実だと叩かれた。
彼の涙は、演技だと嘲笑された。
彼の言葉は、無意味だと無視された。
山根は自宅マンションに閉じこもっていた。
食事は出前で済ませ、生活必需品はネットで取り寄せている。
そうやって何日か経った。
インタホンが鳴らされたが注文など何もしていなかったので、また芸能リポーターが下のオートロックを潜り抜けてやってきたと思い無視していたら、ドアが荒々しく叩かれた。
ドドドン、ドドドン。
「山根さん、警察の者です。開けてください。いるんでしょ!?」
ドドドン、ドドドン、……。
「こら、開けろ! 山根誠二、傷害罪で逮捕状が出ている!」
ドドドン!
ドアを激しく叩く音と、逮捕の言葉に怖くなった山根はとっさにベランダに走り出て、ベランダのフェンスから大きく身を乗り出しそのまま宙に身を躍らせた。
(完)