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第1話

遠い地で異世界から来るべき魔王再来を防ぐために転生者が現れただの、世界を救うだのと騒ぎになっているようだが、そんなことはほとんどの国民にとって関係のない話である。

 民草は日々、田畑を耕し、ひたすらに働き、その人生のほとんどを労働に費やし、そしてその成果のほとんどを税として王国に奪われて生きるのだ。

 しかし、それならまだいい。本当にひどい村々は盗賊に襲われて、女は犯され、子供は親の前で殺され、家も畑も何もかも燃やし尽くされ、苦しみのうちに死ぬものもある。

 この世は不条理である。しかし、いつも不条理を押し付けられるのは弱者なのだ。

 それは私たちが生きる現実も、これからお話しする舞台、ナーロッパについても同じことだった。



太陽がまだ東の空から出きっていない、朝方に農民たちは畑に集まっていた。

畑の前はなだらかな丘になっており、木々が生い茂っており、朝方は木々が落とす影のせいで薄暗い。その暗闇の中で農民たちは座り込んでいた。

 ヨハンの孫が来たでよ・・・

 農民の一人がボソリと呟く。すると、皆、いっせいに沿道を見つめる。

 沿道を歩いてきた男の体躯は巨大だった。

 身長はおおよそ2メートルと50センチほど。

 男はただヨハンの孫と呼ばれていた。

 名前がないのだ。



 彼の母親は娼婦だった。

 しかも、どんな種族とでも寝る最下層の娼婦だった。ある時、彼女は妊娠する。誰の子かもわからない。

 妊娠しては客も取れない。ならば堕せばよかろうものを彼女は産むことに決めた。

 仕事ができないので、町にいては部屋の家賃が払えず、生活ができない。

 そこで彼女は生まれ故郷の村に帰るのだが、当然、村の人間は一人として彼女を快く思っていなかった。



 汚い娼婦、村の恥だべ・・・村人だけでなく、彼女の父と母も娘を一族の恥と考えて、ほとんど軟禁するような形で部屋の中に閉じ込めていた。

 こうなることは彼女にも分かっていたはずだ、それなのになぜ彼女は産もうと思ったのか?なぜ故郷に帰ってきたのか?それは今となっては分からない。なぜならば彼女は子供を産むと同時に息絶えてしまったのだから。

 産婆も呼ばれず、両親も手助けしてくれず、彼女は狭くて埃っぽい部屋の中で二日間苦しみ抜いた末に子供を産んで、そのまま失血死で死んだ。

 子供はオークとの間に出来た子供だった。

 体が大きくて、肌の色が薄い緑だ。その体の大きさが娼婦の死を招いたのである。

 子供を祖父母が可愛がる訳でもなく、ただ家畜のように使わなくなった馬小屋の中で飯だけ与えて育てた。

 名前もつけられなかった。ただ子供は祖父ヨハンの孫とだけ呼ばれるようになった。



 ここまでこの子供が軽んじられる理由がもうひとつある。

 それは、この子は話すことが出来なかったのだ。他種族との混血種はまれに障害を持って生まれてくることがあるのだが、ヨハンの孫はまさにそれだったのだ。

 


 話すことも出来ない、忌まわしい穢れた生き物。それがヨハンの孫なのだ。

 彼の顔は醜かった。広すぎる鼻腔、歯に対して唇が小さいから歯はいつも剥き出しで涎が垂れている。目は小さく黄色く濁っている。

 彼の片目は焼け爛れている。昔、村の子供が彼を虐めて、目を焼いたのだ。

 虐めの域を遥かに超えているが、誰も何も言わなかった。やられたのは穢れたヨハンの孫だし、更に虐めたのは大地主の息子なのだ。

 まあまあ、良いではないか。なに、それぐらい気性が荒い方が大地主様の跡を継ぐにはちょうどいいべ、なんて言う人もいるぐらいの始末だった。

 ヨハンの孫は人として扱われていなかった。村人にとって彼は畜生にも劣る存在なのだ。

 ナーロッパにおいて人権への関心は希薄だ。それが地方の村ならば特にそうだ。


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