第30話 救出
拉致した不良どもの警護を入山から任された《アウルム》の幹部――上原は廊下の窓を開き、外にいる見張りどもを怒鳴りつける。
「お前ら何してやがるッ!! 不良どもを助けに来た奴らは、もう建物二階まで来てるんだぞッ!!」
怒声を聞いた見張りどもが慌てて建物に入ろうとするも、どうやら入口も窓も鍵をかけられているらしく、中に入れずに右往左往する様を見て舌打ちする。
「鍵かかってるなら、さっさとぶち破りやがれッ!!」
「つ、つっても、下手に備品を壊しちまったら、後で入山さんにどんな目に遭わされるか……」
見張りどもの言い分も理解できるため、上原は口ごもってしまう。
幹部、構成員問わず、《アウルム》に所属する輩どもにとって入山の存在は、力と金と快楽――三つの蜜を分け与えてくれる神のような存在であると同時に、過失如何によっては身の毛もよだつような制裁を科してくる死神でもあった。
今ヤードにいるもう一人の幹部――松尾なら「俺が責任をとるから好きにぶち破れ」くらいのことは言っていたかもしれないが、彼に比べても知恵も度胸も劣っている上原には、そんな台詞を吐く勇気はなかった。
「と、とにかくッ! なんとかして中に入ってきやがれッ!!」
丸投げに等しい言葉を見張りどもに投げかけると、ピシャリと廊下の窓を閉め、武装した構成員を相手に激闘を繰り広げている三人の女子高生を睨みつける。
最初JKどもが二階に現れた時は、三人中二人がロリっぽいことに目を瞑れば、揃いも揃って上玉だし、捕まえることができればオンラインサロン用の見世物として使えると、入山にも喜んでもらえると思っていたが、
「ぐぁあぁあぁッ!!」
「クソッ! なんなんだよこいつらッ!?」
信じられないことにJKどもは、武装した一〇人超の構成員を相手に戦いを有利に進めていた。
同士討ちの危険があるため、階段の降り口に配置した構成員以外には長物を使わせていないが、だからといって、警棒のみならず刃物で武装した男たちすらねじ伏せるJKどもの強さは、控えめにいっても異常としか言いようがなかった。
このままでは全滅も時間の問題。
しかし、たった三人を相手に増援の要請なんてしようものなら、最悪、入山の不興を買う恐れがある。
それだけは絶対に避けたかった上原は、慌てて二階の角部屋に逃げ込んだ。
この部屋は入山が事務所としても使っている部屋であり、奥にある、主に過失をやらかした構成員を制裁するのに使っているスペースに、拉致して口と両手両脚を縛った五人の不良どもを床に転がしていた。
その不良どもの見張りをやらせていた、比喩抜きに今の上原にとっての切札になってしまった四人の構成員に命じる。
「ここの守りはもういい。部屋の外で調子に乗っている女どもを黙らせてこい」
居丈高な命令に対し、四人は返事の一つもよこすことなくニタリと笑って返す。
およそ正気というものが感じられない彼らの足元には、何本もの空の注射器が転がっていた。
◇ ◇ ◇
千秋は改造エアガンをケンカで使う際、極力相手の下半身を狙うようにしている。
失明の恐れがある目は言わずもがな、何かの間違いで口に入ったり、そもそも鉄球弾で頭を撃つこと自体が危険だと考えたからだ。
だが、相手がナイフなどとという物騒なものを持ち出してきた場合は、話は変わってくる。
ケンカ相手といえども必要以上に相手を痛めつける趣味はないが、だからといって、自分の身を危険に晒してまで相手の身を案じるような趣味もない。
そんなことをして自分が怪我をしてしまったら友達が哀しむし、今のようにその友達と一緒に戦っている状況においては、自分の身だけでなく、友達の身まで危険に晒すことになるからだ。
だから、
「刃物持ち出した自分を恨むんだな」
千秋は両手に持った改造エアガンで、ナイフを持った構成員の、手を、頭を、容赦なく撃ち抜いていく。
下手するとそれだけで決定打になりかねない鉄球弾の乱射に怯んだ、ナイフ持ちの構成員たちを、
「これは楽でいいっすね!」
アリスが顔面に飛び蹴りを叩き込み、
「えい❤」
冬華が可愛らしいかけ声とは裏腹に、背負い投げで相手を頭から投げ落とす。
アリスはともかくとして、冬華の方は、下手をすると千秋以上にナイフを持った相手に対して容赦がなかった。
(これでナイフを持った構成員は粗方片づけたが……)
千秋は視線を巡らせ、残っている構成員が警棒を持った二人だけであることを確認する。
(得物が警棒なら、上半身を狙うのは勘弁してやるか)
心の中で独りごちながら、最早すっかり腰が引けているにもかかわらず、警棒を構えて抗戦の意思を示す二人の太股に銃口を向け――
バンッ!!
荒々しい音ともに、最奥にある部屋の扉が壊れんばかりの勢いで開く。
部屋から出てきたのは、今まで相手にしていた構成員たちよりも明らかに体格が良い巨漢だった。
他の構成員と違って武装していないのは、それこそ体格が良いからだろうと思っていたら――巨漢がグリンと首を曲げてこちらを見つめてくる様を見て、千秋はその認識が誤っていたことに気づく。
巨漢の表情は一見してわかるほどに、正気というものが欠落していた。
誰が巨漢をそうさせたのかは知らないが、こんな状態の人間に武器を持たせるのは敵味方関係なく危険というもの。
そんな相手だからこそ先に倒した方がいいと判断した千秋は、警棒持ちの二人に向けていた銃口を両方とも巨漢の下半身に向け、引き金を絞る。
銃口から吐き出された十数の鉄球弾が、巨漢の太股と脛を乱打するも、
「!?」
痛がる素振りすら見せることなく突っ込んできたことに、千秋は瞠目する。
それならばと、右手の改造エアガンをスカートの中に仕舞い、代わりにスタンバトンを取り出すと、間合いに入ると同時に放ってきた巨漢のパンチをかわしながら、ガラ空きになった脇腹に最大出力の電撃をお見舞いした。
だが、
「ヒヒャヒャヒャヒャッ!!」
電撃すらも相手の動きを一瞬止める程度の効果しかなく、巨漢は狂ったように笑いながら千秋の胸ぐらを掴み、膂力に物を言わせて床にたたきつけた。
咄嗟に道具を手放し、頭の後ろに両腕を組むことで後頭部を守ることはできたものの、守りようがなかった背中を痛打したことで、肺腑の酸素が根こそぎ口から吐き出される。
(ク……ソが……!)
巨漢がまだこちらの胸ぐらを掴んだままでいるせいで、なおさら呼吸がままならない中、スカートの中から新たな道具を取り出そうとしたその時、
「な~にやってんすかっ!!」
それは千秋に対して言ったのか、男に対して言ったのか。
冬華とともに、残っていた二人の警棒持ち構成員を倒したアリスが、巨漢の右頬目がけて横合いから飛び蹴りをお見舞いする。が、その一撃をくらわせてなお巨漢の体はわずかに傾いだだけで、倒すことはおろか千秋から引き剥がすこともできなかった。
巨漢の目が、アリスに向けられる。
この時になって初めて巨漢の顔を直視したアリスは、正気というものを感じさせない表情に思わず後ずさってしまう。
そんなアリスの反応を見て、巨漢はニタリと狂気じみた笑みを浮かべる。
もっとも、正気の有無も、ましてや狂気の有無も、今の彼女にとっては何の関係もない話だが。
「いつまでも汚い手でちーちゃんに触れるの、やめてくれないかしら?」
いつの間にやら巨漢の傍にいた冬華が、切れ長の双眸を見開きながら、千秋の胸ぐらを掴んで床に押しつけている巨漢の右手に片掌を添える。
次の瞬間、冬華は巨漢の親指のみを力尽くで引き剥がし、力いっぱいに握り締めた。
いくら巨漢といえども、一指対五指では、非力な女性が相手でも力負けするのは道理。
その道理を利用して親指をとった冬華は、人の道理に対しては砂をかけんばかりの躊躇のなさで、巨漢の親指を一八〇度捻った。
「……ぉう?」
そこまでされてなお痛みを感じないのか、巨漢は小首を傾げるだけで、苦悶の一つも見せることはなかった。
けれど、親指を壊されたことで握力は激減し、ひいては胸ぐらの掴む力も激減したため、千秋はすぐさま巨漢の右手を振り解き、手放したスタンバトンと改造エアガンを回収しながらその場を離脱した。
入れ替わるようにして、親指を壊した腕とは反対――巨漢の左腕をとり、流れるように腕ひしぎ十字固めに移行する冬華の邪魔にならないように。
冬華に左肘を伸ばす形で手首をとられ、その腕を両脚で挟みながら床に倒された巨漢は俄にもがき始める。
どうやら正気と痛みはなくても、両手を壊される事の重大さは理解しているようだ。
しかし、腕ひしぎ十字固めが完全に極まっているためまともに身動きがとれず、空いている右手の親指を壊されて握力が死んでいるため、左腕を挟んでいる冬華の脚を引き剥がすこともできなかった。
ほどなくしてゴリッという不快な音とともに、巨漢の肘関節が破壊される。
両の手を潰したところで、仕上げてとばかりに巨漢を絞め落としにかかる冬華を見て、アリスは微妙に顔を引きつらせながら小声で千秋に訊ねた。
「月池先輩……氷山先輩ってなんか恐くないすか? なんてゆうか、色んな意味で」
「まぁ、そう思われてもしょうがねぇとこがあんのは否定しねぇよ」
応じながらも、先程巨漢が出てきた部屋の入口を見やる。
そこから出てきたのは、案の定と言うべきか、巨漢と同じく正気というものが感じられない表情をした男が三人。
さすがに巨漢ほど体格に優れてはいないが、
「見たとこ薬と一緒にドーピングか何かキメってる感じっすけど……これ、またぼくらの攻撃が効かないってパターンじゃないっすよね?」
「大丈夫だろ。さっきの奴だって、ウチのスタンバトンにしろ、オマエの飛び蹴りにしろ、それなりには効いてたからな」
「いや、それなりしか効いてないってのも充分やばいと思うんすけど」
「かもな」
平然と肯定しながら、千秋は持っていたスタンバトンと改造エアガンをスカートの中に仕舞う。
そのタイミングを見計らえるほど頭が回っているとは思えないが、三人の男は最高にハイな顔をしながら一斉にこちらに突っ込んでくる。
慌ててアリスが身構える中、千秋はむしろ悠然とスカートの中からそれを取り出した。
懐中電灯にも似た形状をした、ネットランチャーを。
それを見てアリスが目を丸くする中、千秋は、こちらに突っ込んでくる三人の男に向かってネットランチャーを構え、尻側に付いていた引き紐を勢いよく引っ張る。
次の瞬間、発射口から射出された網が、三人を余さず捉えて絡みついた。
「んだこりぁああぁあぁッ!?」
「絡まって取れねぇぇえぞぉッ!?」
「アヒャヒャヒャヒャッ! アヒャヒャヒャヒャッ!!」
異様にテンションが高いという一点以外は、三者三様の反応を示す男たち。
ネットから抜け出そうとして足掻くも余計に絡まってしまい、それによってバランスを崩してしまった一人が床に倒れてしまう。
ネットが絡みついた状態でそんなことになれば、他の二人も床に向かって引っ張られるのは道理であり、三人は仲良く床に這いつくばるハメになる。
千秋は弾がなくなったネットランチャーをその場に捨てると、新たに取り出したスタンバトンを逆手で握り締め、
「あんま効かねぇってんなら、がっつり効くまで浴びせてやんよ」
そう言って、床に這いつくばる男の一人に、最大出力の電撃を浴びせ続けた。
時間をかけてきっちりと意識を飛ばしたところで、ネットの内で足掻き続けている二人目に電撃をお見舞いする。
その容赦のないやり口にアリスが微妙に引いていると、いつの間にやら巨漢を絞め落とし終えた冬華が傍にやってくる。
「あらあら、これはまたえげつないことしてるわね~」
先程までの、アリスに「恐くないすか?」と言わしめた雰囲気はどこへやら。
いつもどおりの柔和の笑みを浮かべながら、冬華は楽しげに言う。
そんな先輩たちにアリスはますます引きながらも、今日春乃に対して抱いた感想と全く同じ言葉を、全くの別の意味を込めて冬華に投げかけた。
「氷山先輩……小日向派って、こんなのしかいないんすか?」
冬華はわざとらしくちょっとだけ考え込んでから、満面の笑みで答える。
「ま~、だいたいこんなのしかいないわね~」
その返答を聞いていよいよアリスがドン引きする中、三人ともきっちりと気絶させた千秋がスタンバトンを仕舞いながらこちらに戻ってくる。
「さすがにもう打ち止めっぽいな」
打ち止めとは勿論、この建物にいる《アウルム》の構成員を指した言葉だった。
「あそこには、この人たちに良くないおクスリをキメさせた人くらいは残ってるんじゃないかしら?」
そう言って冬華は、クスリをキメた男たちが出てきた、扉が開け放たれた部屋を視線で示す。
「捕まってる人たちもあの部屋にいそうだし、外の連中もいつ中に入ってくるかわかんないし、もうちゃっちゃと助けて、ちゃっちゃとトンズラしないっすか?」
千秋と冬華は揃って首肯を返すと、アリスの提案どおりにちゃっちゃと件の部屋に足を踏み入れる。
そこで三人を出迎えたのは、
「そ、それ以上近づくな! ち、近づくと、こいつの命はないぞ!」
床に転がされている、拉致られた五人の不良の一人――白石の首筋にナイフを押し当てる、《アウルム》の幹部と思しき男だった。
声音はおろか、ナイフを持つ手すら震えているところを見るに、男に白石をどうこうする度胸がないのは明白だが、
「だいぶ自棄になってるくせぇから、〝絶対に〟とは言い切れねぇ感じだな」
男に視線を固定したまま小声で話しかける千秋に、冬華とアリスも同じように視線を固定したまま小声で応じる。
「そうかしら? 怖じ気づいちゃってるだけで、外の子たちがこっちに来るまでの時間を稼ぐことを計算に入れる程度の冷静さは、あるようにも見えるけど」
「どっちにしたって、めんどくさいっすね~」
「な、何をコソコソ話している! こいつがどうなってもいいのか!?」
定型文じみた脅し文句に、三人がため息を漏らしそうになった、その時。
突然白石が自らナイフの切っ先に顔を近づけ、頬が切り裂かれるのも構わずに自身の口を縛る猿ぐつわをナイフで切り落とした。
「なッ!? お前何してやがる!? マジで殺されてえのか!?」
泡を食ったように凄む男に対し、白石は頬から血を滴らせ、勝ち誇った笑みを浮かべながら勝ち気な言葉を返す。
「殺されてえだぁ? やれるもんならやってみぃ。そのプルップルに震えたお手々でやれるんやったらなぁ」
露骨な挑発に、男のこめかみに青筋が浮かぶ。
しかし、白石の言うとおり人一人を殺す度胸はなかったのか、それとも怒りよりも理性が勝っていたのか、ナイフを持つ手は堪えるようにして一瞬震えただけに留まる。
そのわずか数瞬の感情の揺らぎは、彼らにとっては待ちに待った格好の隙だった。
床に転がされていた四人の不良たちが、両手両脚を縛られた状態から無理矢理上体を振り上げ、男に向かって一斉に頭突きをお見舞いする。
計四発の内の、後頭部を捉えた一発が決定打となり、男はその手に持ったナイフを取り落としながら力なく床に突っ伏した。
「んぅんんん、んん!」
「んんぅんんんん!」
猿ぐつわをかまされているせいで何を言っているのかはわからないが、おそらくは不良たちが「ナメんなよ、コラ!」とか「ざまぁみやがれ!」と言った感じの言葉を吐いていることは、なんとなく察することができた。
「今のは一応、さすがって言うべきか?」
「良くも悪くもだけどね~」
「いや、『悪く』しかないと思うっすけど」
一方白石は、憧れの夏凛と同じ小日向派の天使たち――しれっとピンク髪の子もかわええなぁと思いながら――に向かって「さっきのワイ、格好よくなかった!?」と言わんばかりのドヤ顔を浮かべていたが、三人の視界から外れていたため、憐れなほど盛大に無視されていた。
「冬華、服部パイセンに野郎どもの救出に成功したこと伝えといてくれ」
「別に構わないけど、さすがに敷地の外に出てからの方がいいんじゃないかしら?」
「いんだよ。その方が《アウルム》の連中も、こっちに応援を寄越す余裕がなくなるかもしれねぇからな」
まぁ、仮に余裕があったとしても、応援なんて寄越される前に脱出するけどな――と付け加えている間に、階下が俄に騒がしくなる。
どうやら外の見張りが、ようやく決心をつけて入口の扉をぶち破り、建物の中に入ってきたようだ。
「で、ここから強行突破するんすか?」
そんなアリスの問いに対し、千秋は「いや」とかぶりを振る。
「不良らがあのザマだからな。〝強行〟ってわけにはいかねぇだろ」
そう言って、男が取り落としたナイフと、結束バンドで両手両脚を縛られている不良たちに視線を向ける。
「アリスはそのナイフで、不良らを縛ってるもん全部切ってやってくれ。冬華はその間、ここの守りを頼むわ」
千秋は二人が返事するよりも早くにスカートの中から改造エアガンを取り出すと、獰猛な笑みを浮かべながら言葉をついだ。
「ウチはちょっと、〝楽々〟突破できるよう道を空けてくる」
書籍版の2巻が11月17日に発売されることが決定しマシタので、そちらの方もよろしくしていただけると幸いデース。