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第29話 突入

 その後アリスの誘導のもと、千秋と冬華も表の見張りに気づかれることなく、建物の裏手に回り込むことに成功する。


「こっから先はどうするんすか?」


 敵の懐に飛び込んだも同然の状況だからか、囁くような声で訊ねるアリスに、千秋は、磨りガラスになっている建物の窓を横目で見やりながら、同じように囁くような声で応じた。


「まずは一階の窓を全部調べる。鍵が開いてりゃめっけもんだし、そこに拉致られた連中がいたらもっとめっけ物だからな」

「ま~、見張りの厳重っぷりを考えたら、拉致された子たちは二階うえにいる可能性が高いと思うけどね~」

「それなら、月池先輩のひみつ道具で二階の窓から侵入するってのはどうっすか?」

「ひみつ道具言うなや。あとオマエの案は却下な」

「なんでっすか!?」

ヤード(ここ)の壁よじ登った時のことを思い出せ。音立てずにフックを引っかけるなんて芸当は無理だし、そもそもフックを引っかけられるような場所がねぇだろうが」


 アリスは建物に視線を巡らせるも、千秋の言うとおり、グラップリングフックを引っかけられるような場所を見つけることができず口ごもる。


 窓枠ならばフックを引っかけることも可能だが、この場合窓が開いているという条件付きである上に、その条件も一階二階とも全ての窓が閉め切られているためクリアできていない。


 フックをぶん投げた勢いを利用して窓をぶち破り、無理矢理窓枠に引っかけるという手もあるが、白石たちを救出するまでは極力目立った行動は避けたい現状においては悪手にしかならない。

 結局のところ、一階の窓を全部調べる以外にとれる手はなかった。


 建物の裏手に設置された窓の数は六つだったので、一人二つを受け持つ形で窓を調べることにする。

 そうして建物の中の様子を確認できた窓の数は二つ。

 一つは個室タイプのトイレの、もう一つは会議室と思しき部屋の窓だった。

 いずれも、人っ子は一人もいなかった。


 残り四つの窓の内、一つは、鍵がかけられていたため中の様子を確認することはできなかった。

 だがその窓は、会議室と同じ部屋にあったものであり、別の窓から中の様子を確認することができたので、閉まっていようが特段問題はなかった。


 建物の窓を全て磨りガラスにしていたり、きっちりとその全てを閉め切っている割りにはろくに鍵をかけていない中途半端さが、ある意味半グレらしいと言えることはさておき。


 先の三つと違って明確に問題がある窓は、残りの三つ。

 構成員たちが駄弁っている声が絶え間なく聞こえてくる、それゆえに鍵がかけられているのかどうかすら確認できなかった窓だった。


 部屋なのかスペースなのかは定かではないが、三つの窓は同じ空間に設置されているらしく、だからこそ空間(そこ)にいる構成員の数は多い。

 幸い窓の近くで駄弁っている構成員はいないものの、聞こえてくる声の数と、磨りガラス越しに見える人影の数からして、少なく見積もっても一〇人以上は(たむろ)している様子だった。


「どう見る?」


 引き続き囁くような声音で訊ねる千秋に対し、冬華は下唇に人差し指を押し当て、小首を傾げながら答える。


「さっきも言ったとおり、拉致られた子たちは二階(うえ)にいる可能性が高いと思うけど~、一カ所にこれだけの人間が集まってたら『もしかして』とも思っちゃうわよね~」

「どのみち外で見張ってる連中とは違って、中にいる連中は無視(スルー)ってわけにもいかないっすし、いっそのこと奇襲をかけるってのはどうっすか?」

「アリだな。奇襲でパパっと倒しちまった方が、外にいる連中に気づかれる危険(リスク)も減るしな」

「なら、サクっとヤっちゃいますか」


 冬華の「ヤる」のニュアンスが、明らかにおかしいことはさておき。

 窓の数がちょうど三つだったので、三手に分かれて奇襲することに決めた三人は、千秋、冬華、アリスの順に、身を屈めながら窓の下に移動する。


 続けて三人が、自分が突入する窓の鍵が開いているかどうかを確かめるために、窓に手を伸ばそうとしたその時だった。


「だぁーもう! どいつもこいつも煙草(ヤニ)吸ってやがるから空気がわりぃ! 窓開けんぞ!」


 そんな声とともに、冬華の頭上の窓が勢いよく開いたのは。


 偶然か、それとも冬華のフェロモンの為せる業か。

 窓を開けた構成員は、吸い込まれるようにして視線を下に落とす。

 必然、窓の下に身を屈めていた冬華と目が合い――構成員が声を上げるよりも早くに、冬華は両手を交差させる形で相手の両襟を掴み、こちらに引き込んで首を締め上げた。


 所謂(いわゆる)逆十字絞めによって血管の流れを堰き止められたことで、脳に血がいかなくなった構成員の意識が、わずか一〇秒足らずで途絶する。

 しかしわずかとはいっても、一〇秒という時間は異変に気づくには充分すぎる時間であり、事実、その場にいた全ての構成員は窓の外に引きずり下ろされた構成員に視線を集中させていた。

 そしてその事実が、千秋とアリスにとっては格好の追い風となる。


 当然の如く鍵がかかっていなかった窓から、千秋とアリスが建物内に突入する。

 相手がチビっ子二人だったからか、構成員たちの多くが、千秋とアリスのことをすぐには敵だと認識することができなかった。


 それによってさらなる追い風を得た二人は、片やスタンバトンの電撃で、片や跳躍の勢いや遠心力を利用した蹴り技で、次々と構成員を撃退していく。

 小さな体躯からは想像もつかない二人の強さを前に、構成員の一人が慌てて応援を呼ぼうとするも、その時にはもう建物内に侵入していた冬華がきっちりと背後から絞め落として事なきを得ていた。


 合計して一二人の構成員を三〇秒足らずで全滅させた千秋たちは、敵の増援に備えて油断なく周囲に視線を巡らせる。

 二階(うえ)までケンカの喧噪が聞こえなかったのか、それとも、二階にいるであろう構成員たちは持ち場を離れないよう命令されているだけなのかは定かではないが、増援がくる気配はなかった。


 なお、千秋たちが突入した三つの窓がある場所は、廊下と直結した形になっている休憩スペースで、壁際にはソファとスタンドタイプの灰皿、自販機が備えつけられていた。

 そしてその休憩スペースのすぐ傍に、二階に上がる階段が設置されていた。


「ちーちゃん、このまま二階にイっちゃう?」


 例によって「イっちゃう」のニュアンスがおかしいことはさておき。


「いや、その前に入口と窓の鍵を全部閉め切んぞ」

「あらあら、外にいる子たちを締め出そうって魂胆ね」

「自分んとこのアジトのドアとか窓とか、そうそうぶち破ろうって気にはなれねぇだろからな。外で見張ってる連中がウチらが建物(ここ)にカチ込んだことに気づいたとしても、それなりには時間が稼げるはずだ」

「でもそれ、建物(ここ)を出る時はかえってめんどくさいことにならないすか?」

「拉致られた連中さえ助けりゃ、こっちのもんだからな。強行突破でどうとでもなる」


 事もなげに言う千秋にアリスは閉口するも、現状において最も恐いのは、建物の二階にいるであろう構成員たちと、外の見張りについている構成員たちに挟み撃ちをくらうこと。 それはアリスもよくわかっている。

 なので、ちょっと無茶だとは思いながらも千秋の案に同意した。


 それから三人は、手分けして入口の扉と窓の鍵を閉めにかかる。

 その際、ついでに白石たちが一階にいないか捜してみたものの、案の定影も形も見つけることはできなかった。


 ちなみに建物の間取りは、裏手の反対側――正面側の右端に入口があり、そこから入ってすぐのところにある廊下が、左に向かって真っ直ぐに伸びる形になっている。

 その廊下に面する形で、トイレ、会議室、壁もしきりもない休憩スペースの順に並んでおり、廊下の終点には、最早言に及ばない話だが、二階へ続く階段が設置されていた。


 建物の形が長方形であることを鑑みるに、二階も似たような間取りになっているのは想像に難くない。

 だからこそ、二階に構成員が待ち構えていたとしても、一階にいた数と同じか、少し多い程度だろうと判断した千秋は、冬華とアリスに向かって宣言するように告げた。


「ウチが先行する」


 二人が首肯を返すのを確認してから、スタンバトンと入れ替える形でスカートの中から二挺の改造エアガンを取り出し、階段へ向かう。


 階段は人二人がなんとか通れる程度の幅しかなく、学校のそれと同様、踊り場を経由して折り返す形になっている。

 そして、折り返した先に敵が待ち構えていた場合、攻撃手段が豊富な千秋の方が何かにつけて対処がしやすい。

 冬華とアリスが迷うことなく首肯を返したのも、それゆえだった。


 千秋は忍び足で階段を上っていき、踊り場の手前で一旦足を止める。

 一階側の階段と二階側の階段の間は壁になっているので、踊り場の手前までならば、こちらが階段を上がっているところを二階から覗かれる心配はない。

 逆に階段を上る側も、踊り場の向こうへ行かないことには、二階の様子を確かめることができない。


 鬼が出るか蛇が出るか。

 千秋が、階段と階段の間にある壁から、慎重に、ゆっくりと、顔を覗かせた直後、


「!?」


 二階の階段の降り口で待ち構えていた二人の構成員が、その手に持った棒――モップのヘッドを取り外した物のようだ――で、こちらの顔面目がけて打突を放ってくる。

 すんでのところで反応した千秋は、即座に顔を引っ込めてそれをかわした。


(やっぱ二階(うえ)まで聞こえてやがったか!)


 いくら三〇秒足らずで終わらせたといっても、階段の近くでやらかした、十数人規模のケンカの喧噪が階上まで聞こえないなんてことはあり得ない。

 ケンカの場となった休憩スペースが建物の裏手にあったおかげか、外の見張りがいまだ建物内の異変に気づいていないだけでも御の字というものだ。

 もっとも、二階にいる構成員がこちらの存在に気づいている以上、いつ外の見張りに異変を報されてもおかしくない状況になっているが。


(つうか、ここまでカッチリ守りくれてるとなると、〝ほぼほぼ〟じゃなくて〝間違いなく〟ビンゴだな、こりゃ)


 いよいよ白石たちがこの建物に囚われていることを確信しながら、千秋は耳を澄ませる。

 二階の構成員が階段を下りてくる様子も、外の見張りが動き出している様子も、音でわかる範囲では確認することができなかった。


 前者に関しては、地の利がある以上、無理に動く必要はないと判断してのことだろう。

 後者に関しては、手柄が欲しいのか、単純に千秋たちのことをナメてるだけなのか、どうやら二階にいる構成員たちは、建物内で起きている異変を外の見張りには伝えていない様子だった。


(となると、煙玉はナシだな)


 煙玉で視界を塞ぐと、得てして騒ぎが大きくなる傾向にある。

 おまけに、白煙を晴らすために窓を開けられてしまった場合、それがそのまま外の見張りに異変を報せることに繋がる。

 欲心にしろ慢心にしろ、白石たちを救出するまでは最大限に利用したいところだった。


 短くない黙考を経て階段の守りを突破する算段をつけた千秋は、冬華とアリスが待機している階段の上がり口まで戻り、小声で話しかける。


「二階の方に、棒を持った野郎が二人待ち構えてやがる。隙をつくるから、ウチが仕掛けたらすぐに階段を上がって棒野郎を仕留めてくれ」

「あらあら、女の子を棒で突こうだなんて、いやらしいわね~」

「いやらしいのはテメェの頭だ。あと、どっちが先に上がるかはそっちで決めといてくれ」

「それなら、ワタシがイってもいいかしら? 下から責めるのは得意だから」

「別に構わないっすけど、氷山先輩さっきから色々とニュアンスおかしくないすか!?」


 というアリスのツッコみを聞き届けたところで、千秋は階段を駆け上がり、折り返しに辿り着いたところで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、二階の降り口で棒を構えている二人の構成員の前にまろび出る。


 直後、打突を繰り出そうとした二人の手が一瞬止まる。


 届かないのだ。

 千秋が、倒れ込んだ挙句に背中を預けるほどにまで壁際に身を寄せたことで、()()()()()()()()()()()()()()()()()彼女に打突を届かせることができないのだ。


 狙いどおりに相手の躊躇を引き出した千秋は、横に倒れた体勢のまま、両手に持った改造エアガンを乱射する。

 銃口から吐き出された鉄球ベアリング弾に脛を乱打された二人は、苦悶を吐き出しながらも降り口付近の壁に手をつき、膝をつくことだけはかろうじて(こら)える。

 しかし、この後に彼らが辿る末路を考えると、それは無駄な抵抗にすらなっていなかった。


 千秋がエアガンを乱射した時にはもう駆け出していた冬華が、踊り場を経由して階段を駆け上がっていく。

 勢いをそのままに二人の間に目がけて突撃すると、左手側にいる構成員の右アキレス腱を、右手側にいる構成員の左アキレス腱を掴むと同時に一気に持ち上げた。


 鉄球弾で脛を乱打され、立っているのがやっとの二人がこらえきれるわけもなく、駄目押しとばかりに冬華は階段を駆け上がる勢いを利用して、二人の体を肩で押し込む。

 それによって致命的にバランスが崩されてしまった二人は、仲良く揃って背中から床に叩きつけられた。


 変形の踵返きびすがえし

 それをくらってもなお意識を保っていた二人だったが、


「えい❤」


 冬華に遅れて階段を駆け上がってきたアリスが、跳躍の勢いを利用して二人の顔面を踏みつけたことで、今度こそ完全に意識は奈落の底へと落ちていった。


 階段を出ると、そこは一階の休憩スペースと同様開けた場所になっており、待ち構えていた、警棒やナイフで武装した一〇人程度の構成員たちが、仲間内で競い合うようにして余裕ぶった言葉を吐いていく。


「おいおい、二階ここまで来やがったぞ」

「お? よく見たら全員女じゃねえか」

「しかも、小っちぇのがふた――」


 転瞬、皆まで言わせないとばかりに、凄まじい勢いで階段を上がりきった上で肉薄した千秋のスタンバトンが、しっかりと勢いをつけてしっかりと跳躍したアリスの飛び蹴りが、「小っちぇ」とほざいた構成員に炸裂する。

 瞬殺された構成員が、背中から床に倒れる中、


「だ~れが小っちゃいだっ!!」

「だ~れが小っちゃいっすかっ!!」


 千秋とアリスは、魂の怒声を重な(ハモ)らせた。

 かわいらしい見た目と声音からして迫力は皆無だが、一瞬の内に男一人を昏倒させた手並みと二人の剣幕を前に、数の上では優勢なはずの構成員たちが揃いも揃ってたじろぐ。


 そんな中、冬華は頬を緩めながら、緊張感の欠片も感じられない蕩けた声音で独りごちた。


「なんだかんだで言って、アリスちゃんも小っちゃいこと気にしてたのね~」


 そんな言葉とともに舌舐めずりしたせいか。

 なぜか悪寒を覚えたアリスは一瞬だけぶるりと震えた。

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