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第28話 先遣

 正直な話、千秋たちにとって二〇人程度の見張りなど物の数ではない。

 だが、いざ抗戦(ケンカ)となった場合は騒ぎになるのは避けられず、それを聞きつけた敵の増援が、どれほどの数でやってくるのか見当もつかない。

《アウルム》という組織が何百人もの構成員を抱えていることを鑑みるに、最悪、敵の数が何倍にも膨れ上がる恐れがある。


 そうした危険(リスク)を回避するために、裏手から建物に侵入することに決めた千秋たちだったが、金属スクラップの山の麓に点在するドラム缶に身を隠しながらとなると、三人同時にというわけにはいかない。


 一人一人行くにしても、先遣(トップバッター)は建物の裏手にもいるであろう見張りに気づかれることなく移動した上で、その見張りを無力化するという大役を担わなければならない。

 拉致られた白石たちを救出する上でその役回りは、極めて重要なものだった。

 だからこそ千秋の迷いのない決断に、冬華もアリスも目を丸くするばかりだった。


「アリス、オマエが行ってこい」

「別に構わないっすけど……いいんすか? 月池先輩も大概に適任だと思うんすけど」

「んだよ? 自信ねぇのか? ウチはてっきり『ふっふ~ん、や~っとぼくの偉大さがわかったみたいっすね』とか、ほざくかと思ってたんだが」


 千秋の声真似がツボに嵌まったのか、冬華が手で口元を押さえて笑うのを(こら)えていることはさておき。


「……月池先輩、ぼくのこと何だと思ってんすか?」

「クソ生意気なチビっ子」

「自分よりも背ぇ高い相手に、よくそこまでチビっ子チビっ子言えるっすね!?」


 押し殺した声音でツッコみを入れるアリスに、千秋はなおもツッコまずにはいられない言葉を吐く。


「後はストーカー予備軍ってところだな」

「それ翔(にい)のたわ言っすから真に受けるのほんとマジでやめてくんないっすか!?」


 ひとしきりツッコんで「ぜ~は~ぜ~は~」と荒い息を吐いた後、アリスは不機嫌な調子で訊ねる。


「まさかとは思うっすけど、ストーカー予備軍(それ)が理由でぼくに行ってこいって言ってるんじゃないっすよね?」

「まぁ、当たらずとも遠からずだな。小日向派ウチらの中じゃぶっちぎりで慎重な折節相手に尾行を成功させたっつうことは、それだけ周りの目を盗むのが上手いんじゃねぇかと思ってな」


 そんな千秋の思惑を聞いて、今の今まで二人のやり取りを楽しんでいた冬華が会話に混ざってくる。


「なるほどね~。人目を盗むのがお上手なアリスちゃんが先行して、安全を確保した上で、ワタシたちが移動する際に、ドラム缶の陰から飛び出すタイミングをアリスちゃんに見計らってもらえば、多少日頃の行いが悪くても、見張りに見つからずに建物の裏手まで移動できるかもしれないわね~」

「何しれっと〝多少〟で済ませようとしてやがる」

「氷山先輩のことあんまよく知らないっすけど、絶対〝多少〟じゃないくらい日頃の行い悪いっすよね?」

「や~ん、二人のイジワル~」


 こういう時だけは息を合わせる二人に、冬華は無駄に艶めかしい悲鳴を上げる。

 もっともこの場合、「そういうところだぞ」としか言いようがないが。


「冬華の日頃の行いが終わってるのはともかく」

「『終わってる』は、さすがにひどくないかしら~?」


 という冬華の抗議を無視して、千秋はアリスに言う。


「オマエがこの役目に適任だと思った理由はそんなとこだ。オマエがマジで自信がねぇってんならウチが代わりに行くけど……どうするよ?」


 試すような物言いと視線。

 そんなものを向けられて、アリスがムキにならないわけもなく、


「もっちろん、ぼくが行くっすよ」


 そうしてアリスが先遣を務めることとなり、早速近くにあったドラム缶の陰に素早く移動する様子を見届けながら、冬華は千秋に訊ねる。


「でも、本当にアリスちゃんに任せてよかったの? ヤればデキる子っぽいとはいっても、上手くいくかどうかは五分五分だと思うんだけど」

「オマエ、今別の意味で『ヤればデキる子』って言っただろ?」


 ジト目で訊ね返す千秋から、冬華は盛大に顔を逸らす。

 事ここに至ってなお緊張感のない友人――とはいえ自分も人のことは言えないが――にため息をついてから、千秋は少し真面目な調子で答えた。


「もともと上手くいったらラッキーってくらいの話だからな。五分五分まで確率上げれるなら上等だろ。それにウチが後ろに控えてりゃ、たとえアリスがミスったとしてもフォローができる。まぁ、〝てきざいてきしょ〟っていうやつだな」


 言い回しが微妙に棒読みな〝適材適所〟はともかくとして。

 ちょっと失礼だとは思いながらも、思いのほか色々と考えている友達に感心しながら、冬華は、コソコソと移動するアリスに視線を戻した。


 ストーカー云々はともかく、アリスの身のこなしと人目を盗む勘の鋭さは実際たいしたものだった。

 金属スクラップの山の麓にあるドラム缶の陰から、同じく麓にあるドラム缶の陰に、ほとんど足音を立てることなく滑り込んでいく。


 半グレになるような輩ゆえか、それとも下っ端ゆえに意識が低いだけなのか。

 見張りについている構成員の多くは、来るかどうかもわからない敵をただ待つだけの仕事が退屈で退屈で仕方がないらしく、やる気というものがあまり感じられない。

 そのおかげもあって、アリスは順調に建物の裏手が見える位置まで移動することができた。


 だが、


(うわ~……三人っすか~……)


 建物の裏手で談笑している三人の見張りをドラム缶の陰から見つめながら、アリスは嫌そうに表情を歪める。

 二〇人近くいる表に比べたら少ないにも程がある数だが、その表の二〇人に気づかれることなく無力化しなければならないことを考えると、絶妙に面倒くさい数だと言わざるを得ない。


 無力化が難しい人数だった場合は引き返すようにと、事前に千秋と冬華から言い含められているが、アリスにとって三人という人数は〝できなくはない〟数であり、そういった意味でも面倒くさいことこの上なかった。


(先輩たちはぼくの実力を詳しく知らないから、いけるかどうかはぼくの判断に任せるって言ってたっすけど……こんなことになるなら、引き返す数をちゃんと決めといた方がよかったっすね)


 とはいうものの、アリスの腹はすでに決まっていた。

 今この時も、斑鳩が何百人もの構成員たちを相手にケンカをしている状況――当の斑鳩はなんだかんだで楽しんでいるかもしれないが――で、不必要に時間をかけるのはよろしくない。


 見張りの人数が絶対に無理というほどの数ならば、迷うことなく引き返していたところだが、その数が〝できなくはない〟程度である以上、「いく」以外の選択肢はアリスの中にはなかった。


 一度だけ深呼吸をし、表の見張りの目と裏手の見張りの目が、完全にこちらから外れるのを見計らってから、アリスはドラム缶の陰から飛び出す。


 地を這うような低姿勢で駆け抜け、瞬く間に建物の裏手に辿り着く。

 その頃にはもう、裏手にいた三人の見張りの内の一人がこちらに気づくも、


(ザコ)いっすよ!)


 心の中でナメた口を聞きながら、まだアリスの存在に気づいていない見張りの後頭部に目がけて全力で飛び蹴りを叩き込む。

 蹴られた勢いをそのままに見張りの額が、唯一アリスの存在に気づいていた見張りの鼻っ柱に直撃。

 飛び蹴り一発で、二人同時に地面に沈めた。


 残った一人が突然の敵襲に驚きながらも、着地したばかりのアリス目がけて慌てて殴りにかかる。

 正直このタイミングで助けを呼ばれたら〝詰み〟だったが、千秋ほどではないにしても大概に小柄な女子(アリス)を相手に、助けを呼ぶような情けない男などそうはいない。

 その辺りについては全く計算してなかったアリスは、心の中でラッキーと思いながらも、建物の壁に向かって飛ぶことでパンチを回避する。と同時に、壁を蹴ってさらに跳躍し、その身を縦方向に旋転させながら相手の顔面に踵を叩き込む、所謂いわゆる胴回し回転蹴りで最後の一人も一撃で地面に沈めた。


 三人の見張りが完全に気を失っていることを確認すると、すぐさま千秋たちに見える位置に移動し、二人に向かってドヤ顔で親指を立てることで先遣としての役割を果たしたことを報せる。

 そんなお調子者の後輩に、千秋は感心半分呆れ半分といった風情でため息をついた。

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