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第26話 侵入

 史季たちがヤードの中央広場で大立ち回りを繰り広げていた頃。

 千秋、冬華、アリスの三人は、史季たちがカチ込んだヤードの入口とは反対側から、侵入に適した地点ポイントを探っていた。


 町の端という立地ゆえか、入口前には人通りが皆無に等しい道路があるだけで、ヤードの外周の半分以上が雑木林に囲われている。

 悪事を隠すには持ってこいの環境だが、コソコソとヤードの様子を窺うにも持ってこいの環境になっているため、千秋たちからしたらやりやすいことこの上なかった。

 小声とはいえ、無駄口を叩く余裕があるほどに。


「おい、チビっ子」


 ここぞとばかりにチビっ子扱いする千秋に対し、アリスは不機嫌全開で応じる。


「だ~れがチビっ子っすか。ぼくよりもちっちゃいくせに」

「ウチよりはでかくても、世間一般的にはテメェも間違いなくチビっ子なんだからチビっ子でいいだろが」

「ぼくよりもちっちゃい人間が、ぼくのことをチビっ子扱いすんなって言ってるんすよ。チビっ子先輩」

「んだとぉ!?」

「な~んすか!?」


 というチビっ子二人のやり取りを、冬華はもうニッコニコで眺めていた。


「二人ともかわいいわね~。食べちゃいたいくらいに❤」


 そんな冬華の発言に、アリスはビクリと震え上がる。


「冬華。そういうのは後にしとけ」

「後でも嫌なんすけど!?」


 悲鳴じみた声を上げるアリスを千秋は鼻で笑うも、すぐに声音を真剣なものに変えて、依然として不機嫌全開な顔をしている後輩に忠告する。


「ファミレスでの決定に納得できねぇって気持ちはわかるが、いい加減腹ぁくくりやがれ。向こうよりはよっぽどマシってだけで、危ねぇ橋って意味じゃこっちも変わらねぇからな。自分(テメェ)のやるべきことに集中しねぇと、怪我だけじゃ済まねぇかもしれねぇぞ」

「それくらいは、ぼくだってわかってるっすけど……」

「わかってても、斑鳩パイセンのことが心配ってか?」


 アリスはムスっとした顔をするだけで、千秋の問いには答えなかった。が、この場合、答えなかったことが何よりもわかりやすい答えだった。


「ていうか、あんたらだって、ぼくと同じ反対派だったのに、なんでそんなあっさり割り切れてるんすか?」


 アリスの問いに、千秋と冬華は顔を見合わせる。


「そりゃ、ウチらだって夏凛と折節のこた心配だけど、あの流れで鉛筆転がして六分の一引き当てられちゃぁ、反対するだけ無粋ってもんだろ」

「つまりは桃園春乃が悪いってことじゃないっすか……!」


 忌々しげに吐き捨てるアリスに、千秋は苦笑する。

 アリスが不機嫌全開だった理由は、何も斑鳩のことが心配だからという理由だけではないようだ。


「はるのんの珍事(ミラクル)は脇に置いとくとして~。しーくんの案は確かに無茶苦茶だけど、りんりんが言ってたとおり、他に何か良い案が出てくる感じでもなかったしね。無策でカチ込むよりは――ってところはあるわね~」


 無粋云々はともかく、他に案がないという言葉には反論できなかったのか、アリスは口ごもる。


「まぁ、あっちのことが心配だってんなら、拉致られた連中をさっさと助けるこったな。そうすりゃ向こうも好きに動けるようになるし、ウチらも加勢にいけるしな」

「……わかったっすよ」


 不承不承ながらも、アリス。

 いまだ納得はできていないが、結局のところは千秋と冬華の言うとおり、さっさと拉致られた連中を助けることが、今この時における最善であることはわかっている。そんな風情だった。


 そうして三人はヤードに侵入するのに適した地点ポイント探しを再開し……ほどなくして見つける。

 ヤードを囲う鋼板の壁に隣接する形で、金属スクラップの山がそびえ立っている地点ポイントを。


「ここなら、少なくとも壁をよじ登ってるとこを見られる心配はなさそうだな」

「音の方はどうしようもなさそうだけどね~」


 そう言って冬華は、鋼板の壁を無駄にいやらしい手つきで撫でる。

 壁は工事現場の仮囲いにも使われているようなタイプなので、よじ登ろうものならどうしたって音が出るのは避けられない。

 こればかりは、囮になった史季たちの働きっぷりに加えて、音が聞こえる範囲に見張りがいないという運否天賦に賭けるしかなかった。


「それ以前に、(これ)をどうやって登るかって話だと思うんすけど」


 アリスの言うとおり、壁の高さは四メートル近くある上に、手がかりや足がかりになるようなものがないため、道具(ドーグ)もなしに登り切るのは困難を極める。と言いたいところだが、


「いや、そこは別に何の問題もねぇよ」


 そう言って千秋がスカートの中から取り出したのは、長さ六センチ程度の銀色の円筒だった。

 訝しげな顔をするアリスをよそに千秋は円筒の蓋を開け、中に入っていた、先端が尖っていない釘状の棒を三本全て取り出し、それらの頭部を円筒に空いた小さな穴に引っかける形で内側から通していく。

 全て通し終えたところで円筒の蓋を閉め、出来上がったのは、三本のかぎ爪が付いたグラップリングフック。

 登山などで急斜面や高所を登る際に用いられる道具だった。


 続けて千秋はスカートの中からロープを取り出し、グラップリングフックの尻側にあるリングに通して固く結びつけたところで、ようやくアリスのツッコみが入る。


「って、なんで当たり前のようにそんなもん持ってんすか!?」

「オマエ遅れてんなぁ。ファッション雑誌に、グラップリングフックとロープが今年のマストアイテムだって書いてたの知らねぇのか?」

「知らねえっすよそんなファッションもへったくれもないファッション雑誌!!」


 かろうじて声を押し殺したツッコみに千秋はドヤ顔で応じると、グラップリングフックを放り投げて、かぎ爪となっている部分をを壁上に引っかける。

 しっかりとフックが固定されていることを確認すると、ロープを伝ってするすると壁上まで登り切った。


「さすが、ちーちゃん。()()()()()()


 どこか口惜しげな冬華の言葉の意味がわからず、アリスが小首を傾げる中、壁上の千秋は周囲に敵がいないことを確認してから二人に告げる。


「とりあえず、今んところはこの辺に敵はいねぇ。つうわけだから冬華、オマエ先に登ってこい」

「って、なんで氷山先輩が先なんすか!?」

「別にオマエが良いなら先に登ってもいいぞ。冬華にスカートの中ぁ覗かれても大丈夫だってんならな」


 それを聞いて、先の「隙がないわね」の意味を理解したアリスは、恐る恐る冬華に視線を向ける。

 切れ長の双眸を少しだけ見開き、ちゅるりと舌舐めずりする冬華と目が合った瞬間、アリスの口から「ひっ」と引きつるような悲鳴が漏れた。


「つうわけだからアリス、冬華を先に登らせることに文句はねぇな?」


 アリスがコクコクと全力で首を縦に振るのを見届けると、千秋はさっさと壁の向こう側に飛び降りていった。

 冬華はロープを軽く引っ張り、強度に問題がないことを確かめた後、アリスを横目でチラリと見やる。


「アリスちゃんの方は、お姉さんのスカートの中、いくらでも覗いていいからね~」

「だ、誰が覗くかっす!」


 そんな抗議を右から左に流した冬華は、音を立てないようにするためか、それとも本気でアリスにスカートの中を覗かせるためか、いやにゆっくりとロープを伝って壁を登っていく。

 その様子を見上げていたアリスは、短すぎる冬華のスカートに思わず渋面をつくってしまう。


「覗く覗かない以前に、あんなの穿いてたら嫌でも見え――……」


 不意に、アリスの言葉が途切れる。


 見えてしまったのだ。

 冬華のスカートの中が。

 それ自体は案の定としか言いようがないが、彼女が穿いていた下着(もの)は、まかり間違っても案の定とは言えない代物だった。


 冬華が穿いていた下着は、Gストリングショーツ。

 前は大事なところだけを隠している程度の、後ろは見ようによってはお尻が丸出しになっているように見える程度の布面積しかない、頭に「ド」が付くレベルのセクシーランジェリーだった。


 下からの視線に気づいた冬華は、壁を登り切って壁上に跨がり「あぁん❤」と無駄に喘いでからアリスに言う。


「売ってるお店、教えてあげてもいいわよ~?」

「い、いらないっすよそんな下着!」

「あら、いらないの? これを穿いて斑鳩先輩に迫れば、もしかしたらもしかするかもしれないわよ~?」


 そんな冬華の提案を聞いて、本当にもしかしたらもしかするかもと思ったのか、アリスは口ごもる。が、


「やめとけやめとけ。オマエが冬華とおんな下着もん穿いたところで、斑鳩パイセンに爆笑されるのがオチだろ」


 微塵の容赦もない千秋の指摘の方が正しいと思ったのか、アリスは「んぐ……っ」と再び口ごもった。


「つうかオマエら、さっさとしやがれ。チンタラしすぎて見張りに見つかったりなんかしたら、マジでシャレにならねぇぞ」


 ごもっともすぎる千秋の言葉に、冬華は素直に「は~い」と答えてさっさと壁上から下り、アリスもさっさと壁を登ってグラップリングフックとロープを回収してから、ヤードの敷地内に飛び降りる。

 

 アリスが千秋にフックとロープを返した後、三人はひとまず、金属スクラップの山の裏手を壁沿いに進んでいくことにする。

 ほどなくして山間と呼べる程度の隙間を見つけたので、三人は姿勢を低くしながらそちらに移動し……小さな広場が見えてきたところで立ち止まった。


「先輩たち。()()、どう思うっす?」


 山間から小広場に出る手前にある、積み上げられたドラム缶の陰から顔を覗かせながら、アリスは訊ねる。


「まぁ、ほぼほぼビンゴだろな」


 いったい何を張り合っているのか、千秋はその辺に落ちていた工具箱と思しき物体を足場に、アリスの上から顔を覗かせながら、小広場の隅に佇んでいる、建材用の鋼板外壁で覆われた建物を睨みつける。


 見たところ、建物の形は長方形。

 高さと窓の配置からして、階数は二。

 周囲には、如何にもガラの悪そうな男どもが二〇人ほど見張りについていた。


「てゆうか月池先輩、なんで上から覗いてんすか」

「オマエがちっちゃいせいで、下からじゃ覗きにくいからに決まってんだろが」

「だからなんでぼくよりもちっちゃいくせにそんな台詞吐けんすか!?」


 というちっちゃい者同士の諍いにホッコリしながら、冬華は二人のはるか上から顔を覗かせ、建物を注視する。


「……これ、どうにかして建物の裏手に回れないかしら?」


 建物が建っている場所は、小広場の隅。

 つまりは、建物の裏手は金属スクラップの山になっている。

 当然裏手(そこ)にも見張りはついているだろうが、表に比べたら格段に数が少ないのは想像に難くない。


「まあ、日頃の行い次第じゃ、見つからずにいけるかもしれないっすね」


 言いながら、アリスは金属スクラップの山麓に視線を巡らせる。


 この辺りの金属スクラップは主にドラム缶で構成されており、現在地から山麓伝いに建物の裏手に向かうまでの道中に、いくつもドラム缶が転がっていたり積み上げられていたりしていた。

 それらを利用すれば、身を隠しながら進むことも不可能ではないが、本当に〝不可能ではない〟という程度の話であって、正直な話、ドラム缶の陰からドラム缶の陰に移動している間に見張りに見つかる可能性の方が余程高い。

 アリスが「日頃の行い次第」と言ったのも、それゆえだった。


「日頃の行いに関しちゃ、冬華がいる時点で諦めるしかしねぇが」

「あら、ちーちゃん。失礼しちゃうわね~」


 という冬華の抗議を無視して、千秋は言葉をつぐ。


「やるだけやってみるってのはアリだろ。他にできることなんざ、馬鹿正直にカチ込むくらいしかなさそうだしな」

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