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第25話 開戦

 同刻。

 入山が受けた報告どおり、たった三人で違法ヤードにカチ込んだ、史季、夏凛、斑鳩の三人は、金属スクラップの山に挟まれた広い道を闊歩していた。

 

 金属製のテーブルにパイプ椅子、電線、ドラム缶、機械、工具などなど、多種多様の金属スクラップによって形成された山は異様に背が高い上に、道が曲がりくねっているせいで視程が悪く、ほとんど一本道になっているにもかかわらず、迷路に迷い込んだような錯覚に陥りそうになる。

 そのせいもあって、夏凛と斑鳩に比べたら闊歩とは言い難い足取りで歩いていた史季は、興味半分怯え半分に呟いた。


「この町に、こんな場所があったなんて……」

「ま、この町っっても、マジで端っこだけどな」


 暢気のんきに頭の後ろで手を組む斑鳩が応じる中、史季の隣を歩いていた夏凛が、金属スクラップの山の上に視線を巡らせる。

 山上では、まるでこちらを誘導するようにコソコソと移動している《アウルム》構成員たちの姿が見て取れた。


「あいつら、露骨に誘ってやがるな」

「ああ。こりゃマジでパーティ会場を用意してるパターンかもな」

「それってつまり……大人数で僕たちのことを待ち構えてるってこと?」

「「正解」」


 夏凛と斑鳩の返答に、史季は顔色を青くする。


「おいおい折節。けっこうガチめにビビってんじゃねえか。帰りたいってんなら、今からでも帰っていいんだぜ?」


 それこそガチめに心配してくる斑鳩に、史季はかぶりを振った。


「ここまで来て、《アウルム(むこう)》が僕のことを素直に返してくれるとは思えませんから。それに……」


 答えながら、思い出す。

 今より一時間ほど前、ファミレスのテーブルの上で春乃が転がした鉛筆の数字が、ピタリと『1』で止まった時のことを。


 他に案がないという理由もあるが、あの流れで『1』を出されては、反対していた千秋たちも文句をつけることができなかった――というよりも、文句をつけること自体が無粋だと思ったらしく、反対派の皆も史季の案に従うことを了承してくれた。


 自分から提案した手前反対できなかったというだけで、実のところ史季自身はどちらかと言えば自分の策に否定的だったけど、結局口には出せなかったことはさておき。


 その後話し合った結果、史季、夏凛、斑鳩の三人が囮として真っ正面からヤードにカチ込み、千秋、冬華、アリスの三人が別方面から、拉致られた白石たちの救出に向かうことで決定した。

 春乃と美久に関しては、二人だけ残していくのは不安があったので、後ほど合流した服部に任せることにした。

 その上で服部には、斑鳩曰く「コイツ以上の適任はいない」という、()()()()()もやってもらうことにした。


「……それに、皆が自分にできることを頑張ってるのに、僕だけ尻尾を巻くなんて真似はできませんから」


 その覚悟が顔に出ていたのか、斑鳩は楽しげに嬉しげに笑みを漏らす。


「やっぱ面白(おもしれ)えわ、オマエ。つうわけだから、このケンカが終わったら、オレとケ――」

「い、嫌ですよ! というか、五体満足で済むかどうかもわからないのに、斑鳩先輩とケンカする余力なんて残ってるわけないじゃないですか!」

「いやいや、意外とイケるかもしれねえぞ~?」

「イケたとしても嫌ですよ!」


 キッパリと断る史季に、斑鳩が「やっぱ駄目か」と肩を落とす中、夏凛は苦笑混じりに言う。


「余力はともかく、あたしが五体満足で済むようにしてやるから、そこは安心しろ。千秋たちが不良(バカ)どもを助けるまで持ち堪えればいいだけの話だしな」

「おっ、さっすが小日向ちゃん。頼もしいね~」

「つっても、こっちはこっちでマジで当てにしてるからな、斑鳩センパイ」

「おぉう……こりゃ〝女帝〟様のご期待に添えるよう頑張らねえとな」

「って、ドサクサに紛れてその渾名で呼ぶなっつーの!」


 こんな状況にあってなお緊張感のないやり取りを交わす学園最強の二人に、史季は頼もしさを覚える。


 一方で、こうも思う。

 ()()()()()()()()


(今の僕じゃ、万全の夏凛を守るなんて偉そうなこと、口が裂けても言えない。けど、そのつもりくらいで戦わないと……!)


 決意と覚悟を新たにしながら、蛇行した道を歩いていく。

 やがて、一際大きなカーブを描いた道に差し掛かったところで、夏凛は目を据わらせながら、史季と斑鳩に忠告した。


「二人とも気ぃ引き締めろ。この先にいるぞ」


 その言葉どおり、カーブを曲がりきった先にある、広場と呼んでも差し支えのないほどに(ひら)けた場所で、()()は待ち構えていた。


「これは……っ!?」


 史季は思わず絶句してしまう。

 ざっと見ただけでも三〇〇人は軽く超えているであろう男どもが、史季たちがやってきた道を除き、円形の広場の内周を埋め尽くすようにして〝陣〟を形成していたのだ。


 圧倒的なまでの数の力。

 だがそれだけならば、史季も絶句したりはしなかっただろう。


 事前に斑鳩の口から、《アウルム》が何百人という構成員を抱えているという話を聞いていた手前、絶望的なまでの戦力差は覚悟の上だった。

 それでもなお史季が絶句するほどの衝撃を受けたのは、荒くれ者やならず者といった類の男どもがこれだけ大勢集まっているにもかかわらず、無駄口一つどころか、(しわぶ)き一つ漏らしていない点にあった。

 一つ所に何百人もの人間が集まっているとは思えないほどに、広場全体がしんと静まり返っているのだ。


 異様を通り越して不気味ですらある光景に、さしもの夏凛と斑鳩も、多かれ少なかれ衝撃を受けている様子だった。


「……さっき気ぃ引き締めろっ()ったけど、訂正するわ。二人とも、マジのガチで気ぃ引き締めろ。でねーとやべーぞ」

「みてえだな」


 とはいえ、斑鳩の方は受けた衝撃以上に、どこか楽しげな表情を浮かべているが。



「よく来たなぁ! ルキマンツのガキどもぉ!」



 男の大音声が、三人の耳朶じだを打つ。

 それに合わせて、三人の前方に見える〝陣〟の一部が左右に割れ、一人の男が姿を現す。

 他の連中とは着ている物からして違う、如何いかにも高そうなテーラードジャケットとスラックスに身を包んだ、刈り上げオールバッグの金髪の男だった。


「俺は《アウルム》を仕切ってる入山ってもんだ! ああ、お前らは自己紹介なんてしなくていいぞ! 大体わかってるし、どうせやらせるなら()()()の前の方がいいからなぁ!」


 いやに仰々しい入山の物言いを隠れ蓑にするように、背後から足音が聞こえてくる。

 まさかと思って史季たちが横目で背後を確認すると、どこかに潜んでいたものと思われる構成員と、金属スクラップの山の上でこちらを誘導していた構成員を合わせた数十人が、退路を塞いでいた。


 予想どおりと言えば予想どおりだが、それでも少しだけ史季の顔色が青くなる。

 そんな史季をよそに、入山は続ける。


「おっ始める前に、お前たちに一つ良いことを教えてやる! これから行われるのはお前らによる幼稚な不良ごっこでもなければ、俺らによる一方的な処刑でもない! お客様を楽しませるだけの、ただの見世物ショーだ!」


 入山の言葉に呼応するように、広場を囲う金属スクラップの山の上に、カメラを構えた構成員が複数人、姿を現す。

 あらゆる角度から広場を見下ろす配置からして、カメラの群れがこれから始まる見世物ショーを撮るために用意されたものであることは(げん)に及ばない。


(鬼頭くんとタイマンを張った時も、カメラで撮影はされたけど……)


 あの時と違って、今こちらに向けられているカメラからは悪意しか感じられないものだから、さしもの史季も不快感を覚えずにはいられなかった。


「つうわけだからお前ら、せめて一〇分くらいは持ってくれよ? あんまり早く終わっちまうと娯楽にならねぇからなぁッ!!」


 入山は一際大きな声を上げ、見世物ショーの始まりだと言わんばかりに両手を横に拡げる。

 それに呼応するように、退路を塞いでいる背後を除いた八方から、《アウルム》の構成員たちの()()がニヤニヤと笑いながらこちらににじり寄ってくる。


 おそらくは、これが敵の第一陣。

 数は目算で七〇人超。

 凶器を持っている者は一人もおらず、先の言葉どおり、入山が見世物ショーを少しでも長引かせるために手心を加えているのは明白だった。


(けど、この数は……!)


 ゴチャマン自体が初めてという理由もあるが、手心を加えてなお二〇倍を超える戦力差に、史季は気後れしてしまう。

 そんな史季とは対照的に、斑鳩はどこか暢気な物言いで言った。


「ナメられてるのは気に入らねえが、人質とられてるも同然のこっちとしちゃ都合がいいからな。だからまあ、今回は大目に見てやるか」

「いや、なんで上から目線なんだよ」


 呆れ混じりに言う夏凛に、斑鳩はなおも暢気に訊ねる。


「で、どう立ち回るよ?」

「こっちで適当に合わせるから、とりあえずは斑鳩センパイの好きにやってくれ。後は、まー、向こうの出方次第だな」

「オーケーオーケー」


 返事をかえすや否や、斑鳩は〝陣〟の奥に引っ込んでいく入山目がけて、真っ直ぐに突貫していく。


「史季はセンパイについて行って、ゴチャマンの空気に慣れてこい! 後ろはあたしがフォローしてやっから!」

「う、うん!」


 言われてて慌てて、斑鳩の後を追って走り出す。


 その間にも、リーダーが狙われていると勘違いをした構成員たちが、入山を守るようにして人壁を形成していく。

 八方から史季たちを取り囲もうとしていた敵の第一陣が、徐々に前方に集まり出し、前方そこ以外の箇所が手薄になっていく。


 結果、敵の戦力は前方に集中したことで、左右後方の脅威が低減。

 斑鳩がそれを狙ってやったかどうかは定かではないが、史季は素直に「上手い」と感心した。


 そうこうしている内に、斑鳩が人壁の先頭にいる構成員に向かって跳躍し、


「おぉらよッ!!」


 強烈な飛び蹴りを顔面にお見舞い。

 蹴り飛ばされた構成員の後頭部が、後ろにいた構成員の鼻っ柱に直撃し、結果的に一蹴りで二人を撃退した。


「って、さすがに飛び蹴り(それ)は大味じゃない!?」


 史季のツッコみどおり、敵陣の真っ只中に着地した斑鳩目がけて、構成員たちが前左右の三方から一斉に殴りかかる。が、斑鳩は着地と同時に身を沈めることで、三方からのパンチを回避する。

 当然構成員たちが同士討ちの可能性など考慮しているわけもなく、三人中二人が味方のパンチを顔面にくらってよろめく。


 転瞬、斑鳩は立ち上がりざまに、唯一同士討ちに巻き込まれなかった構成員の顎を蹴り上げた。

 と思った時にはもう、蹴り足を地面に戻しており、よろめいた二人の構成員の顔面に追加のパンチをお見舞いして、瞬く間に昏倒させた。


(すごい……!)


 そう思ったのは史季だけではないらしく、一線を画した強さを見せつけた斑鳩に、構成員たちの多くが注意を引きつけられた形になる。


 そのタイミングで敵陣に辿り着いた史季は、今この時だけは良心の呵責を心の隅に追いやり、斑鳩に注意がいっている構成員の顎を、横合いからのパンチで打ち抜いた。

 盛大に脳を揺らせた構成員が倒れ伏す中、ようやく別の脅威に気づいた者たちが史季に襲いかかってくる。


集団戦(ゴチャマン)の立ち回りは――)


 史季は、左から殴りかかろうとしていた構成員をハイキック一発で仕留めると、すぐさま地を蹴って、比較的敵の数が少ない方角に離脱する。


(――とにかく〝動き回る〟こと!)


 キックを繰り出した直後とは思えない瞬発力に驚いているのか、向かう先にいた構成員がたじろいでいる隙に、鼻っ柱目がけてパンチを叩き込む。

 だが、キック力に比べたら平凡もいいところのパンチ力では、先程のようなクリーンヒットでもない限りは一撃で倒しきるのは難しく、やむなくハイキックに連携させて今度こそ相手の意識を断ちきった。


 直後、左右から構成員が殴りかかってくる。

 一人の敵を倒すのに、パンチとキック――二行動(ツーアクション)を要した隙を突かれた格好だった。


 ハイキックを放った史季の右足はいまだ中空にあるため、回避も防御もままならない。

 やられる――と、思った刹那、


「「!?」」


 史季の顔面に二つの拳が届く寸前、凄まじい速度で飛来してきた鉄扇が二人のこめかみを強打する。

 かつて川藤の取り巻きにお見舞いした時とは明らかに違う、本気の投擲をくらった二人は、白目を剥いて地面に倒れ伏した。


 ほぼ同時に、一陣の風となって史季の傍に駆け寄ってきた夏凛が、地面に落ちようとしていた二本の鉄扇をキャッチする。

 瞬間、夏凛と目が合い、それだけで意思の疎通を完了させた史季は、迷うことなくその場に伏せる。

 そして、史季が伏せてくれると信じていた夏凛は、舞うようにしてその場で旋転しながら鉄扇を振るい、襲いかかろうとしていた四人の構成員の顎を横打することで、まとめて撃退した。


 斑鳩以上に一線を画した夏凛の〝舞〟に怯んだのか、周囲にいた構成員たちが二の足を踏み始める。

 束の間の安息を得た史季は、今の内にと小声で夏凛に礼を言った。


「ありがとう、夏凛」

「礼なんていらねーよ。ゴチャマン中は、仲間同士でフォローし合うのは当然だからな」


 同じく小声で応じるに夏凛に、「だったら僕も夏凛をフォローするよ」と言いたいところだけれど。

 まずはゴチャマンに慣れないことには、自分の身すら満足に守れるかも怪しいので、その言葉はぐっと呑み込む。


「史季。お喋りの時間はもう終わりみてーだぞ」


 言われて周囲に視線を巡らせると、二の足を踏んでいた構成員たちがジリジリと間合いを詰めてくる様子が見て取れた。


(とにかく僕は、夏凛と斑鳩先輩の足を引っ張らないよう頑張らないと。月池さんたちも、今頃は拉致された人たちを救出するために頑張ってるはずだから!)


 そう自分を奮起させながら、いよいよ襲いかかってきた構成員たちを、史季は夏凛と一緒に迎え撃った。

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