第24話 アウルム・2
《アウルム》がアジトの一つとして使っている、金属スクラップの違法ヤード。
その最深部にある二階建ての建物の一室で、《アウルム》の頭――入山は、構成員に捕まえさせた五人の不良を見下ろしていた。
時代錯誤のリーゼントも含めて、いずれも聖ルキマンツ学園の制服に身を包んでおり、性別に関してもいずれも男。
捕まえる際に暴行を受けたことで、顔が痣と血で塗れていることもいずれもだった。
しかし、だからこそというべきか。
猿ぐつわで口を塞がれ、結束バンドで両手両脚を縛られて床に転がされている五人は、どいつもこいつも敵意剥き出しの目でこちらを見上げていた。
「入山さん。ご覧のとおり、多少痛い目に遭った程度では立場も理解できないようなバカばかりですが、どうします? もう少し痛めつけますか?」
入山の後ろに控えていた幹部の男が、あえて不良たちに聞こえる声量で提案してくる。
それを聞いて、「上等だ、こら」と言わんばかりに眼くれてくる不良どもに、入山は呆れたため息をついてから答えた。
「いや、今はまだいい。こういう痛めつけても心が痛まねぇ連中を私刑にかける画は、オンラインサロンでもけっこう受けがいいからなぁ。やるなら客が最も集まる時間帯でだ」
「了解しました。しかし、それならやはり、女も拉致ってきた方が良かったのでは?」
「アホが」
言いながら、幹部の腹に蹴りを入れる。
突然の凶行に不良どもたちが驚き、幹部が腹を押さえて膝を突く中、入山は教え諭すように言った。
「不良だろうが女を拉致った場合、男に比べて格段に通報こまれる危険が高くなる。拉致っても問題なさそうなのは、元々の標的だった五所川原アリスのように《アウルム》の地下格闘技場に出入りしてたようなイカれた奴か、その地下格闘技場で起きた折節絡みの騒動に、しれっと首を突っ込んでいやがった〝世紀末の女帝〟くらいのもんだ」
入山は懐からケースを取り出し、葉巻を一本を抜き取りながら言葉をつぐ。
「お前の不勉強さはともかく、五所川原の拉致をしくじった件は許しておいてやる。あの斑鳩のツレで、ああも堂々と地下闘技場に出入りしてる時点で、見た目に反して腕が立つことは想定していたからな。俺の寛大さに感謝しろよぉ?」
「は、はい……ありがとうございます」
幹部が謝りながらも立ち上がったところで、テーラードジャケットの内ポケットに入れていたスマホが振動する。
スマホの画面に、ヤードの見張りにつかせている構成員の名前が表示されているのを確認すると、入山はケースに葉巻を戻してから踵を返し、部屋の外に出る。
そのまま廊下を歩き、部屋から充分に距離を離したところで電話に出た。
「俺だ」
『い、入山さん! 世紀末の連中が殴り込んできました!』
その報告は入山にとっては予想どおりのものであり、だからこそ捕まえた不良どもの前での通話を避けたことはさておき。
斑鳩獅音と折節史季、後者を手引きした五所川原アリス――標的に定めた三名が、同高の不良を拉致られていることを知った際に取り得るであろう行動を、入山は三パターン予測していた。
一つ目は、不良がいくら拉致られようが知らぬ存ぜぬを貫くパターン。
これに関しては、カチ込みの報告が上がってきた時点で完全に除外されたパターンだった。
二つ目は、少人数でヤードに忍び込み、拉致った不良どもを救出してトンズラこくパターン。
入山の予測では、これが最も可能性が高いと目していたパターンだった。
三つ目は、数を揃えて真っ正面からカチ込んでくるパターン。
拉致られた奴らなど知ったことか。学園に上等くれる奴らはぶっ潰すという、なんとも不良らしく、なんとも頭の悪い、入山が最も可能性が低いと目していたパターンだった。
一応、拉致られた奴らを助けるために数を揃えてカチ込んでくるというパターンも想定していたが、古風にも程があるノリが薄ら寒い上に、迎え撃つ側からしたら三つ目のパターンと同じなので、こちらについては初めから除外していた。
兎にも角にも、残る二つのパターンの内、どちらに当てはまるのか……それを確かめるのに打ってつけの質問を、スマホの向こうにいる構成員に投げかけた。
「それで、連中はどこからカチ込んできやがった?」
『真っ正面! ヤードの入口からです!』
その返答を聞いて三つ目のパターンであることを確信した入山は、聖ルキマンツ学園がこちらの想定以上に世紀末なノリだったことに嘆息する。
一応、状況次第では捕まえた五人の不良を人質に使うことも想定しているが、こうも馬鹿正直にカチ込んでくる連中が相手となると、それこそ「拉致られた奴らなど知ったことか」な可能性が高いため、たいした効果は見込めないだろう。
(まぁ、人質を使うような事態になるなんざ、万に一つもありえねぇけどなぁ)
そんな独白を心の内で呟いてから命令する。
「予定どおり中央広場に誘導しろ。何十人で来たかは知らねぇが、ガキどもに大人の世界の厳しさってやつを教えてやれ」
わかりました!――と、聞くまでもない返事がかえってくると思い込んでいた入山だったが、電話口の構成員がいつまでも返事をよこさないことを不思議に思い、片眉を上げた。
「どうしたぁ? ガキどもの数が予想より多かったかぁ?」
『い、いえ……ぎゃ、逆です。カチ込んできたのは……たったの三人です』
「…………は?」
三人?
それも真っ正面から堂々と?
《アウルム》が何百人もの構成員を抱えてること、まさか知らねぇのか?
それとも知った上でか?
いずれにせよ、
「イカれてやがるな」
率直な感想が口を衝いて出る。
同時に、つい笑みを漏らしてしまう。
現在にヤードにいる構成員の数は四〇〇人弱。
戦力差は一〇〇倍以上になっている。
こんな自殺行為に等しいカチ込み、刺激に飢えているオンラインサロンの客が好まないわけがない。
とはいえ、生配信はNGだ。
入山自身も言ったとおり、今はオンラインサロンに客が集まる時間帯ではないという理由もあるが、曲がりなりにも相手が本気である以上、刺激に飢えた客すらドン引きさせるような映像が流れてしまう可能性がないとは言い切れない。編集という名の規制が必要だ。
しかし、一から一〇まで録画だと、ヤラせを疑う客が出てくるかもしれない。
その対策として、カチ込んできた三人を返り討ちにした後、捕まえた五人の不良ともども痛めつける様子を生配信すれば納得してもらえるだろう。
金儲けの算段が整ったところで、入山は笑みを深めながら再び命令する。
「おい。ヤード内にいる歓迎要員全員に、中央広場に集まるよう伝えろぉ」
『ぜ、全員ですか?』
「そうだぁ。俺も撮影班を連れて中央広場に行くと言やぁ、皆まで言わなくてもわかるよなぁ?」
『も、勿論です!』
「それから、大体想像ついてるが、一応カチ込んできやがった三人のツラを確認しておきたい。今すぐ用意しろ」
『わかりました!』
という返事を聞き届けたところで入山は通話を切り、ほどなくして送られてきた画像を確認する。
入山の予想どおり、カチ込んできたのは折節史季と斑鳩獅音、そして最後の標的にしていた五所川原アリス――ではなく、〝世紀末の女帝〟こと小日向夏凛だった。
入山自身、アリスのケンカの腕が立つことは想定していたが、地下格闘技場でついぞ負けなしだった史季と斑鳩に比べたら一段も二段も劣ることも想定していた。
その上で、たった三人でカチ込むならば、史季と斑鳩以外に誰になるか?
戦力的にも、今回の件に一枚噛んでいたという意味でも、〝世紀末の女帝〟がカチ込みに同行していたことは、入山にとっては自明の理だった。
情報を共有させるため、史季たち三人の画像をヤード内にいる全ての構成員のスマホに送信した後、当然のように入山とともに部屋を出て、傍に控えていた幹部に命令する。
「聞いてのとおり、俺は撮影のため中央広場に向かう。三人でカチ込んでくるようなイカれた奴らが陽動なんて高尚な真似をしてくるとは思えねぇが、だからこそという可能性もある。建物に五〇人ほど残していってやるから、しっかり守りくれてろよぉ?」
「はい! 万が一こちらが本命だった場合は、すぐに連絡させていただきます!」
ともすれば、弱気ととれる発言。
しかし、手下には賢しさを求めている入山に対しては、今のような先を見越した発言こそが正解だった。
「よくわかってるじゃねぇかぁ。その調子で頼むぜ」
それだけ言い残すと、入山は幹部に一瞥もくれることなくその場から立ち去っていった。