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第4話 向かう先にあったのは

 時は遡る。


 アリスの〝お願い〟により、日曜日に夏凛たちと集団戦(ゴチャマン)のケンカレッスンを行うという約束を反故にせざるを得なくなった史季は、その日彼女が待ち合わせ場所に指定した、駅前にある時計台が設置された小広場へ向かった。


 待ち合わせ時刻――一四時よりも一〇分ほど前に到着し、そこから二〇分ほど待たされたところで、アリスが待ち合わせ場所にやってくる。

 小生意気を地で行くアリスが、遅刻してきたことを謝るわけもなく、


「な~んすか。そのクソダサジャージは」


 呆れ顔で容赦の欠片もない第一声を史季に浴びせた。


 実際、人のことをクソダサ扱いするだけあって、アリスの服装は流行に疎い史季の目から見てもオシャレだった。

 可愛らしい容姿をさらに際立たせるトレーナーワンピースに、ちょっと高そうなマイクロミニバッグを斜めがけにしたその姿は、春乃とはまた違った方向性で雑誌のモデルを想起させる。


 そんな彼女から見れば、史季が今着ている芋ジャージは確かにクソダサいのかもしれないし、なんだったら史季自身も微妙だと思っているくらいだが。

 芋ジャージを着てきたことにはちゃんとした理由が――というか、アリスも原因の一端を担っていたので、史季は年下の少女に向かって控えめに抗議した。


「いや、だって、君が動きやすい格好で来いって言ったから……」

「だからって、そのジャージはないっすよ。てゆうか折節先輩、ぼくのことを呼ぶ時は、ちゃんとアリスって呼んでって言ったじゃないっすか。『君』でごまかそうとしたってダメっすからね」


 女の子を下の名前で呼ぶことに抵抗があった史季は、思わず口ごもってしまう。

 そんな史季の反応を見て、アリスは新しい玩具を見つけた子供のようにニンマリと笑った。


「あれあれ~? なんすかその反応~? ちょっと下の名前で呼ぶだけっすよ~?」

「そ、それは、そうなんだけど……」

「あ~わかった~。折節先輩ってもしかして、女の子と付き合ったことないんでしょ~?」


 図星を突かれ、史季はますます口ごもる。

 その反応が、ますますアリスを調子に乗らせる。


「ってゆうことは、年齢イコール彼女いない暦なんだ~。や~い、ザ~コザ~コ」


 とはいえ、ここまで言われてはさすがに史季も黙っている気にはなれず、つい反撃の言葉を返してしまう。


「それを言ったら、斑鳩先輩に振り向いてもらえない君も同じなんじゃ……」


 振り向いてもらえない云々は、これまでのアリスの話から導き出した、確信に近い推測だった。

 そしてそれは当たっていた。というか当たりすぎていた。


「……まだ、獅音兄がぼくの魅力に気づいてないだけだもん……」


 一転して、アリスは涙目になりながらプルプル震え出す。

 どうやら史季の反撃は、アリスの急所にクリティカルヒットしてしまったようだ。


「ぼぼぼ僕が間違ってた! そ、そうだよね! 斑鳩先輩が、ア、アリス……さん、の魅力に気づいてないだけだよね!」


 さすがに傷つけるつもりはなかった史季は、機嫌をとるためにも下の名前で呼びながら、大慌てでアリスを慰める。

 

「……『さん』はかわいくない」


 ふて腐れた声音で、注文をつけてくる。


「じゃ、じゃあ……アリスちゃん、は?」


 アリスは目元を袖でグシグシと擦ると、


「しょうがないっすね~。折節先輩がどうしてもアリスちゃんって呼びたいのなら、特別に呼ばせてあげていいっすよ」


 秒で機嫌を取り戻す、アリス。

 物言いは、小生意気を通り越してクソ生意気なくらいだった。


 春乃とは別の意味で高校生とは思えないアリスに苦笑しそうになるも、その彼女からいまだ〝お願い〟についてろくに教えてもらっていない現状を考えると、苦笑を浮かべるよりも先に頬が引きつってしまう。


〝お願い〟についてアリスから聞かされたことは、日曜の一四時に駅前の時計台広場に集合することと、動きやすい格好で来ること。この二つのみ。

 計画性という言葉とは縁遠そうな彼女を見ていると、否が応でも不安が募ってしまう。


 こちらの心中など露ほども知らないアリスは、スマホで時刻を確認すると、引き続き容赦のない言葉を史季に浴びせた。


「まだちょっと時間に余裕があるし、さすがにそのクソダサジャージと並んで歩くのは恥ずかしいっすから、さくっと新しいジャージに買い換えるっすよ」

「か、買い換えるって言われても、今あまり手持ちが……」

「大丈夫っすよ。ちゃ~んとぼくが、安くてオシャレなやつを見繕ってあげるから」


 そう言って、近くにあった、ロープライスが売りの某アパレルショップに史季を強制的に連れ込む。


 そのわずか一〇分後――


 本当に安くてオシャレな黒色のジャージを見繕ってもらえたことに、史季は驚愕を禁じ得なかった。

 普段使いもいけるどころか、史季が持っている服の中で一番オシャレなくらいだった。


「これで、だいぶマシにはなったっすね。だけど……」


 アリスはジト目になりながらも、ズビシと史季の左手に下がっている手提げ紙袋を指でさす。

 紙袋の中には、先程まで史季が着ていたクソダサジャージが入っていた。


「まさかそれ、持って帰るつもりっすか?」

「まだ全然使えるから、捨てるのも勿体ないかなぁっと思って……」

「はぁ~……貧乏性っすね~」


 否定できず、微妙な顔をする史季をよそに、アリスは「それじゃ、行くっすよ」と言って、さっさと歩き出す。

 彼女に続く形で歩き出しながらも、史季は前を行く小さな背中に控えめに催促する。


「アリスちゃん。そろそろ〝お願い〟について教えてほしいんだけど……」

「折節先輩せっかちっすね~。そんなんじゃモテないっすよ。あ、ガム食べるっす?」


 バッグからフーセンガムを取り出して勧めてくるも、向かう場所次第では捨てるのに難儀する可能性があるので、やんわりと固辞する。

 アリスは「ノリ悪いっすね~」とケチをつけながらも、ガムを口に入れてモグモグと噛み、プクーっと綺麗な風船を膨らませる。

 その様子を見て、〝お願い〟についてこれ以上問い詰めても無駄だと悟った史季は、諦めて大人しく彼女の後をついて行くことにした。


 それからしばらく繁華街を歩き……アリスがビジネスホテルの前で足を止めたので、史季も(なら)って足を止める。


「このホテルが目的地なの?」

「正確には、ここの地下っすけどね」

「それってどういう意味?」

「すぐにわかるっす。あと受付が終わるまで、折節先輩は余計な口挟んじゃダメっすよ」


 そう忠告してからアリスはホテルに足を踏み入れ、史季も彼女に続いて中に入る。

 チェックイン開始時刻前の、一人の客もいないフロントへ向かうと、アリスはバッグから財布を取り出し、その中にある、何かの会員証と思しき一枚のカードを受付スタッフに提示した。

 そのカードを見て、受付スタッフはわずかに眉をひそめながらも備えつけのタブレットを操作し、事務的な口調で訊ねてくる。


「五所川原アリス様で、よろしかったでしょうか?」


 フルネームで呼ばれたことに、今度はアリスが眉をひそめるも、さすがに受付スタッフ相手にゴネたりはせず、ちょっと不機嫌な声音で「はいっす」と答えた。


「お連れの方は?」

「ここに来るのは初めてっす。彼、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 なんとも嫌な響きがする言葉だったが、アリスに余計な口を挟んじゃダメだと言われた手前、大人しく状況を見守ることにする。


「勿論です。今回は参加人数があまり多くないので、飛び入り参加はこちらとしても大歓迎ですので。お名前、こちらに記入していただいてもよろしいでしょうか?」


 最後の言葉は、史季に向かって言ったものだった。

 不安のみならず嫌な予感まで募ってしまったせいで、受付スタッフに名前を教えることになんとなく抵抗を覚えてしまうも、だからといってここで偽名を名乗れるほど史季の神経は太くできていないので、大人しく差し出しされた紙に実名を記入した。


「折節史季様ですね。それでは、こちらをお受け取りください」


 受付スタッフがタブレットに入力した後に手渡してきたのは、アリスが受付スタッフに提示したものと同じカードだった。


「この会員証を、あちらの廊下を進んだ先にいるスタッフにご提示ください」


 その言葉を最後に、受付スタッフは折り目正しく一礼する。

 これで受付は終わりだと言わんばかりに。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言わんばかりに。


 そんな受付スタッフの姿勢にますます不安と嫌な予感を募らせながらも、慣れた足取りでフロントを離れていくアリスの後をついて行く。

 受付スタッフに言われたとおりに廊下を進み、その突き当たりにある扉の前に立っていたスタッフに会員証を提示する。


 確認が終わるとスタッフは無言で扉を開き、先に進むよう促してくる。

 扉の先にあったのは、地下へと続く非常階段だった。


 階段を下り始めたところで、アリスは深々と安堵の吐息をつく。


「会員証が生きてるかどうかは賭けだったっすけど、上手くいったみたいっすね」

「……アリスちゃん。ここがどういう場所なのかとか、君がいったい僕に何を〝お願い〟しようとしているのかとか、さすがにそろそろ教えてほしいんだけど……」


 年下の女子を相手におずおずと催促する史季に、アリスは「しょうがないっすね」と言わんばかりにもう一度吐息をつく。


「このビジホって、()()()()地下一階までしかないんすよ」


 その言葉の意味を瞬時に理解した史季は、思わず息を呑んでしまう。

 なぜなら史季たちが今いる場所は()()()()

 しかも、そこまで下りてなお階段はまだ下に続いていた。


「ぼくたちがこれから向かう場所は、このホテルには存在しないはずの地下四階。そこでは……う~んと……アレっすよ……たぶん犯罪ってほどじゃないけど、お巡りさんには見せられない感じの賭博(ギャンブル)が行われてるんすよ」


 まさか僕に賭け金を出せと?――と、訊ねそうになるも、それだと「動きやすい格好で来い」と言ったこととの辻褄が合わなくなる。

 そもそも彼女は、ジャージを買ったことでこちらの懐がもうだいぶお寒いことになっていることを知っている。

 なので史季は、別の質問を投げかけることにした。


「まさかとは思うけど、アリスちゃんはギャンブルでお金を稼ぐためにここに?」

「そのとおりっす。来週獅音兄の誕生日なんすけど、どうせプレゼントするなら、獅音兄がビックリするくらい高いやつをプレゼントしたいじゃないっすか」


 好きな異性にプレゼントするためにお金を稼ぐ――ここだけを切り取れば微笑ましい話だが、そのためにギャンブルという駄目人間まっしぐらな手段に走っているせいで、史季の頬に浮かんだ微笑はどうしても引きつったものになってしまう。


 などと話をしている内に、階段の終点となる地下四階に辿りつく。

 フロアに繋がる扉の前には、やはりホテルのスタッフが常駐していた。


 地上階(うえ)と同じように会員証を提示し、スタッフが開いてくれた扉をくぐって地下四階のフロアに足を踏み入れる。

 直後、視界いっぱいに拡がった光景に、史季は言葉を失ってしまう。


 学校の体育館二棟はくだらない広大なフロアに、如何にもガラが悪そうな輩が何百人と集まっていたのだ。

 そこにいる輩全員が、フロアの中央に鎮座する、ボクシングやプロレスで使われているリングに釘付けになっていたのだ。


「おら! そこだ! やっちまえ!」


「ああバカ! んなもんくらうなよ!?」


「いいぞぉッ!! そのままぶっ殺せぇッ!!」


 声援というよりは野次に近い叫びを上げながら、輩どもはリングで戦っているボクサーパンツの男と胴着の男を応援する。

 その異様なまでの熱狂に、史季は思わず後ずさってしまう。


「ア、アリスちゃん、ここってもしかして……」


 露骨にビビり倒す史季にアリスはニヒっと笑うと、こちらが思っていたとおりの答えを返した。


「ご想像どおり、地下格闘技場ってやつっすよ」

書籍版の特設サイトが公開されマーシタ。

各キャラのイラストも確認できマスので、↓の方にある画像リンクから覗いていただけると幸いデース。

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