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第8話 カラオケ・1

「あ~歌った歌った~」

「ははっ、聡美(さとみ)ってば声メッチャガラガラになってる」


 満足げに笑う絵里(えり)と聡美とともに、美久(みく)はカラオケ店の外に出る。

 春乃のことを忘れたわけではないけれど、こうして友達と思い切り遊んだおかげで重苦しかった心が随分軽くなった。

 今なら春乃に謝れるかもしれない――などと調子の良いことを考えてしまう程度には。


「わたしの声、そんなガラガラ~?」


 見事なまでのガラガラ声で訊ねてくる聡美に呆れているのか、絵里が「言ってやれ言ってやれ」という視線を向けてきたので、美久は笑顔で言ってやることにする。


「それはもう。聡美ちゃんは私と絵里ちゃんに比べて、一曲一曲全力で歌いすぎなんだと思うよ」

「美~久~。そういうあんたはもうちょっと全力で歌いなさいよ~」


 そう言って、聡美は美久の頭を撫で繰り回す。


「あははははっ。やめてよ聡美ちゃ~ん」


 とは言いながらも、美久はろくに抵抗もせず、楽しげに聡美のされるがままになる。


「じゃ、わたしは聡美を」

「って、絵里~!?」


 美久の頭を撫で繰り回している隙を突く形で、絵里が聡美の頭をワシャワシャと撫で繰り回し始める。

 そんな他愛もないやり取りが楽しくて、美久は心の底からケラケラと笑った。


 カラオケ店の前で散々戯れた後、美久たちは、大勢の人間が行き来する駅前の通りを当て()なく歩いていく。


「これからどうする?」

「時間的にはまだいけるけど、ちょ~っと中途半端でもあるな」


 なら、このままもう少し遊ぼう――そう提案しようとした美久が、口を開こうとしたその時だった。

 人ごみの中を、美久たちと同じ聖ルキマンツ学園の制服を着た集団が、視界の端をかすめるようにしてすれ違っていったのは。


 その集団の中に見覚えのある顔が見えた気がした美久は、集団に気づきもせずに遊ぼうか帰ろうか話し合っている絵里と聡美に怪しまれないよう、スマホを取り出すフリをしながら、さりげなく歩速を落とす。

 そうすることで二人が前を行く形になったところで、振り返って先程すれ違った集団を捜した。


 ほどなくして、見つける。

〝女帝〟を含めた小日向派の面々三人と、先日四大派閥の(トップ)の一人を倒したという噂で持ちきりになっている男子の先輩――確か折節といったか――が一人、そしてその中で唯一美久が見知っている黒髪の美少女――桃園春乃の、計五人で形成された集団を。


(春乃ちゃん……!)


 声をかけようにも、もうすでにかなりの距離が離れている。

 だからといってこんな人通りの多いところで大声を出す勇気はなく、絵里と聡美のことをほったらかしにして春乃のもとに駆けつけるなんて不義理な真似も、美久にはできなかった。


 そうこうしている内に、春乃たちが、先程美久たちが遊んだカラオケ店に入っていく。


(私たちが店を出たのは一七時半すぎくらい。人数は多いけど、晩ごはんのことも考えたら遅くても二時間後には店から出てくるはず……!)


 学校の外なら、クラスメイトの目がないところなら、今度こそ春乃ちゃんに謝ることができるかもしれない――そう思った美久は心の中で絵里と聡美に謝りながらも、困ったような笑みを浮かべながら二人に嘘をつく。


「絵里ちゃん聡美ちゃん。ごめんだけど、ちょっとお母さんに用事を頼まれちゃったから、私もう帰るね」

「そっか。じゃあ、わたしらも帰るか」

「どうせ時間も中途半端だったしな」

「それじゃ、また明日!」


 美久は駆け足で二人から離れ、曲がり角を曲がったところで足を止める。

 角に身を潜めて二人が完全に立ち去るのを確認してから通りへ戻り、カラオケ店の向かいにあるコンビニで立ち読みをするフリをしながら、春乃たちが出てくるのを待つことにした。


(……あれ? でも、これって……)


 春乃が小日向派の面々と一緒にいるということは、春乃に謝る時は、必然的に〝女帝〟たちの目の前でやることになる。

 そして先日の小日向派と荒井派の抗争は、美久が荒井派に脅されて春乃を呼び出したことが発端になっている。


(よくよく考えたら私、小日向派の先輩たちにも謝らないといけないよね!?)


 その事実に気づいた途端、弱気の虫が「今回はやっぱりやめた方がいいよ」と囁いてくる。

 決して強くない心が、弱気の虫に従うべきだと訴えてくる。


 だけど、


(ここまで来て引き下がったら、一生春乃ちゃんに謝れない気がする……)


 心の内に散らばっている、なけなしの勇気をかき集める。

 弱気の虫を退治するには全くと言っていいほど足りないけど、この場から逃げ出さずにいられる程度の効果はあったので、美久はどうにかこうにか腹をくくって、春乃たちが出てくるのを待つことにした。



 ◇ ◇ ◇



 どうしてこんなことに――史季はそう思わずにはいられなかった。


 予備品室で、明日以降は対凶器のケンカレッスンをすることに決めた後、誰が言い出したのか駅前に新しいカラオケ店ができたという話になり、あれよあれよという間にケンカレッスンを早めに切り上げてカラオケ店へ向かうことになった。

 カラオケは中学生の頃に二回ほど行った程度の経験しかなかった史季は、女子の中に男子が一人という状況も相まって無駄に緊張しまくっていた。


 ドリンクバーで飲み物を確保してからカラオケルームへ向かい、千秋、冬華、春乃の順で中に入っていく。

 史季は引き続き無駄に緊張した面持ちで、手に持ったオレンジジュースをプルプルと震えさせながらその様子を見守っていると、


「入らねーのかよ?」


 ボサッと突っ立っているのが気になったのか、口に咥えたパインシガレットを上下にピコピコさせながら、夏凛が訊ねてくる。


「いや……端っこの席に座りたいから、最後に入ろうかなぁって思って」


 実際、下手に早めに入ったせいで、夏凛たちに左右から挟まれる形で席に座ることになろうものなら、歌うどころの騒ぎではなくなってしまう。

 夏凛たちと一緒にいることに慣れてきたとは言っても、狭い部屋で両手に花という状況に耐えられるほど、史季の心の中に棲む草食動物は逞しくなかった。


 そんな心中が顔に出てしまったのか、夏凛は「そっか」と苦笑してから先に部屋に入り、史季は一度深呼吸してから彼女に続いて中に入る。

 座る場所は勿論、先の言葉のとおりソファの端っこだ。


 なお、ソファはテーブルを挟む形で二つ設置されており、入口の扉から見て右側のソファは千秋、冬華の順に、左側のソファは、春乃、夏凛、史季の順になっていた。


「いやぁ、めっちゃ久しぶりだからテンション上がるわぁ」

「も~う、ちーちゃんはしゃぎすぎ~。ま~、気持ちはわかるけどね~」


 そんな会話を聞いて、カラオケそのものが久しぶりなのかと思っていたら、


「あれ? カラオケは一ヶ月くらい前に、わたしの入学祝いでみんなで行ったから、そこまで久しぶりでもないような……」


 小首を傾げる春乃に釣られて、史季も首を傾げる。

 その疑問に、夏凛はパインシガレットをバリボリと食べきってから答えた。


「春乃の入学祝いで行った時は、休日だった上に学割も使えなかったろ。だけど今回は()()()()()()()()()()制服で行けるし学割も使える。それがもうほんと久しぶりなんだよ」


 言っている言葉の意味がわからず、さらに小首を傾げる春乃とは対照的に、夏凛の言葉の意味を理解した史季は、微妙に頬を引きつらせながらも訊ねた。


「つまりは、この辺りにあるカラオケ店全てが、聖ルキマンツ学園の生徒はお断りになってるってこと?」

「だ~いせ~いか~い。世紀末学園なんて言われてることからもわかるとおり~、うちの不良()たちが色々とヤンチャしたり~、密室なのを良いことにラブホテル代わりにしてたりするもんだから、聖ルキマンツ学園の生徒ってだけで出禁になってるのよね~」

「冬華先輩! ラブホテル代わりにしてたという話について、もっと詳――」

「あ――――――――――っとっと!」


 例によって食いついた春乃の言葉を、千秋が大音声で遮って有耶無耶(うやむや)にする。


「と、とにかくだ! 不良(バカ)どものせいで制服着て入れるカラオケ店が、新しくできたとこしかねぇんだよ! あと冬華! ラブホ云々に関しちゃ、ぜってぇテメェは言える立場じゃねぇだろ!」

「失礼ね~、ちーちゃん。ワタシたちの学園のせいかどうかはわからないけど、この辺りのカラオケの部屋には、ぜ~んぶ防犯カメラが設置されてるから、ラブホテル代わりになんて使わないわよ~。ハメ撮りプレイの趣味もないしね~」

「いやなんでそんなこと知ってるの!?」


 思わずツッコみを入れる史季に対し、冬華は無駄に上手い口笛を吹きながら、露骨に視線を逸らす。

 その一方で、春乃が熱に浮かされたような顔をしながら、両手で頬を押さえてクネクネと身悶えていた。

 様子からして、先程冬華が最後に言った言葉の意味を理解していると見て間違いなさそうだが……史季も、隣で頭を抱えていた夏凛も、努めて考えないようにした。


「これ以上アホ話で時間潰すのも勿体ねぇし、そろそろ始めっぞ」


 そう言って、千秋はスカートのスリットから五本の割箸を取り出す。

 箸先にはそれぞれ「1」から「5」の数字が書かれており、その数字が意味するところは最早言に及ばない。


 千秋は箸先を隠す形で五本の割箸を両の掌で挟み、擦り合わせることでシャッフルした後、引き続き箸先を握って数字を隠しながら皆に言う。


「順番はいつもどおり公平にくじ引きだ。ウチは最後に余ったやつにすっから、オマエらは好きな割箸(やつ)選んでいいぞ」

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