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エピローグ

 抜け道を通ってヤードの外に出た史季は、夏凛の手を引いて、市街地の方角を目指して歩いていく。

 とはいえ、パトカーのサイレンが聞こえてくる方角に逃げるのは――史季としては大変遺憾ながら――危険なので、必然、遠回りをして市街地へ向かうことになるが。


 そのせいか、それとも抜け道を通ってヤードの外に出たのが、他の不良たちがもうほとんど逃げ出した後だったせいか。

 市街地に辿り着いた頃にはもう、同じ制服を着た人間は自分と夏凛の二人だけしか見当たらず。

 市街地といっても町外れにあるような場所だからか、それとも夕暮れ時だからか人自体、見かけることはほとんどなかった。


 まるで世界に二人だけ取り残されたかのようなうら寂しい生活道路を、史季は引き続き夏凛の手を引きながら歩いていく。

 何十分と夏凛の手を掴んでいたにもかかわらず、史季が少しも恥ずかしがらずに済んでいるのは、やはり、夏凛の手が震え続けていたからに他ならない。

 何十分もの間、一言も言葉を交わしていないにもかかわらず、史季が少しの気まずさも覚えていないのは、やはり、夏凛の顔色が青くなっていたからに他ならない。


 ただただ夏凛の手を引いて歩き続け……空の色合いが茜色よりも闇色の方が濃くなってきたところで、ようやく夏凛が口を開く。


「サンキュな、史季。もう、大丈夫だから」


 そんな言葉とは裏腹に、夏凛の手はまだかすかに震えている上に、顔色も良くなったとは言い難いが、それでもヤードを出る前に比べたらマシにはなっていたので、史季は言われたとおりに手を離した。


 途端、夏凛は歩速を早め、史季の前に出てから立ち止まる。

 なんとなく追い越してはいけないような気がした史季も、同じように立ち止まった。


 手を伸ばしてもまだ少しばかり届かない、微妙な距離。

 それが今、彼女が望んでいる距離感だったのか、夏凛はこちらに背を向けたまま、訥々(とつとつ)と語り出した。


「もう史季にはバレちまってるだろうから白状するけど……弾丸を弾いたアレな……ただのマグレなんだよ」


 やっぱり――と思うと同時に、一歩間違えていたら夏凛が撃ち殺されていたかもしれなかった事実に心胆が凍え、夏凛にそこまでさせてしまった自身の不甲斐なさに、凍えたばかりの心胆が燃えるほどの憤りを覚える。


「一応クソ親父からそういう扇術わざを教えてもらってたから、ぶっつけ本番でやってみたけど……鉄扇一コ、オシャカになっただけでなんとかできたのは……まー、出来すぎも出来すぎだな」


 史季は思い出す。

 ヤードを脱出する前、夏凛が鉄扇を懐に仕舞おうとした際に、弾丸を弾いた方――右手の鉄扇が、扇面が変形してしまって閉じきることができなくなってしまったことを。

 恐怖のあまり体が硬直してしまったのか、夏凛が右手の鉄扇から手を離すのに、少々以上に時間がかかってしまったことを。


「もう一コ白状するとさ……入山(あいつ)の銃を見た時はマジでビビっちまったんだよ。でもさ……威嚇射撃っ()うの? とにかくあいつが史季に向かって銃をぶっ放すとこ見たら、居ても立っても居られなくなって……」


 銃口の前に立った時の恐怖がぶり返したのか、夏凛の体が小刻みに震え出す。

 それこそ居ても立ってもいられなくなった史季は、背中から夏凛を抱き締めた。

 自然、夏凛の目が驚いたように見開かれる。


 そんな彼女を抱き締めながら、史季は想う。


(たぶん僕は、夏凛のことを守りたいと思いながら、心のどこかで夏凛には一生に敵わないと思っていたのかもしれない……)


 だけど、その認識は間違っていた。


 確かに夏凛は強すぎるくらいに強い。


 けれど、同じように弱さも抱えていた。


 それは、幽霊や怪談の類が苦手といった話ではなく。


 言ってしまえば、僕と同じ、草食動物じみた弱さを。


 強いと言っても、夏凛は僕と同じ高校生……言ってしまえば、ただの子供なんだ。


 だから、自分の命が危険に晒された時、恐くなってしまうのは当たり前の話だし。


 大切な人の命が危険に晒された時も、恐くなってしまうのは当たり前の話だ。


 だからこそ、なおさら強く想う。

 この女性(ひと)を守りたい――と。

 そんな想いとは裏腹に、守られてばかりの自分が許せなくて、自然と謝罪の言葉が口をついて出る。


「ごめん……僕が弱いせいで、夏凛に無茶をさせて……」

「……ばか。銃相手に強いも弱いもねーだろが。そもそも、あの斑鳩センパイに勝ったんだから、史季はつえーよ。あたしが保証する」

「でも……僕は夏凛に守られてばかりだ。《アウルム》との集団戦(ゴチャマン)の時も……銃を向けられた時も……」


 実際そのとおりだったため否定できなかったのか、夏凛が気まずそうに口ごもる。

 

「だから、僕はもっと強くなりたい……。それこそ、夏凛を守れるくらいに……」


 心の底から溢れ出た想いをそのまま言葉にしていると、なぜか夏凛の顔がみるみる赤くなっていき、史季の首がわずかに(かし)ぐ。

 どうしてなのかと思っていたら、


「あ、あたしを守るって……な、何ちょっと告白みてーなこと言ってんだよ!?」


 思わず「え?」と、間の抜けた声を漏らしてしまう。

 そして、これまでの自分の言葉を、今この時も後ろから夏凛を抱き締めている状況を、今さらながら正しく認識して……今度は史季の顔がみるみる内に赤くなっていく。


「あ……いや……違っ――」


 言いかけて、夏凛を抱き締めている両手を緩めかけて、ふと疑問に思う。


(本当に、()()それでいいの?)


 よくない――と思った。


 今がその時かもしれない――と確信した。


 だったら、逃げちゃいけない――と覚悟を決めた。


 だから紡いだ。

 どう転ぶにせよ、今までの関係が決定的に変わる言葉を。


「……ううん。やっぱり、違わない」

「ち、違わないって……どういう意味だよ……?」


 いつになく揺れた声音で訊ねてくる夏凛に、できる限り毅然と、されど夏凛に負けず劣らず声音を揺らしながら答える。


「告白みたいなじゃなくて……告白って意味……。だって僕は……夏凛のことが……好き…………だから……」


 返事は、かえってこなかった。


 ただただ静寂が過ぎていって……段々恐くなってきた史季は、おそるおそる彼女の名前を呼ぶ。


「か、夏凛……?」


 その直後のことだった。

 腕の中にいた夏凛が突然振り返り、唇を奪ってきたのは。


「…………………………ッッ!!!?」


 赤かった顔をさらに赤くしながら、史季は目を白黒させる。

 その隙に夏凛は、史季の口内に舌を入れてきて……そこから先はどうすればいいのかわからなかったのか、しょぼしょぼと引っ込んでいった。


「……ぷはっ」


 夏凛は唇を離し、史季の腕からも離れていく。

 彼女の顔は、史季以上に真っ赤になっていた。


「い、言っとくけど……い、今の……あたしの〝初めて〟だかんな……!」


 まさしく史季にとっても〝初めて〟だったため、ろくに回っていない頭がノロノロと今の言葉の意味を考え……ひどく間の抜けた問いを返してしまう


「そ、それって……どういう……意味?」

「い、言わせんなバカっ!」


 心底恥ずかしそうに、顔を真っ赤にして、そっぽを向く。

 そんな反応を見せられては、草食動物でなおかつその手の経験がろくにない史季でも、理解するには充分すぎるものであり。


「夏凛ッ!!」


 感極まった史季は、喜びを全身で表すように、真っ正面から夏凛を抱き締めた。

 大人しく抱き締められた夏凛は、不服そうに言う。


「……ここって、今度はそっちからキスする場面だと思うんですけどー?」

「ご、ごめん……」

「まー、その方が史季らしいっちゃ史季らしいか。それに……されたらされたで、あたしの方がもたなかったかもしんねーし……」


 言いながら、両手で抱き締め返してくる。


「……史季」


「……なに?」


「今はもう、何も恐くねー。な~んにもな」


 (とろ)けるに頬を緩めながら、夏凛は言う。

 何か気の利いた言葉を返そうと思ったけど、やっぱり何も思い浮かばなかった史季は、抱き締めていた両手に力を込めることで、夏凛の言葉を、想いを受け止めることにした。



 そして数日後――



 その日の放課後、先のケンカの傷が粗方癒えた史季は、夏凛と仲良く二人並んで、予備品室の扉の前に立っていた。

 二人して、かつてないほどに緊張した表情をしながら。


「史季……予備品室に入ったらあいつらに、あたしらが、つ、つ、付き合うようになったってこと…………言うぞ」

「……う、うん」


 というやり取りを、予備品室に向かうまでの間にもう三回も繰り返しているが、史季にしろ夏凛にしろいっぱいいっぱいになっているため、そのことを気にする余裕は欠片ほどもなかった。


 心を落ち着けるために二人揃って深呼吸をして……相手の方を見たらたまたま目が合ってしまい、二人揃って顔を赤くしながらそっぽを向いてしまう。


「か、夏凛……そ、そろそろ中に入らない?」

「……だな。このままじゃ、ずっとここで突っ立ってることになりかねねーし」


 と答えながら、夏凛はそっぽを向いたまま、「ん……っ」とこちらに手を伸ばしてくる。

 史季も顔を背けたまま、されど横目を夏凛に向けながら、彼女の手をしっかりと握る。

 途端、夏凛の表情が安堵と気恥ずかしさに彩られる。


「そ、それじゃあ……開けるよ」

「あ、ああ……」


 史季が予備品室の扉を開き、夏凛の手を引きながら中に入る。


 その際――


 二人の鞄にぶら下がっていた煙草型のバッグチャームが、あるかなきかの音を立てながら楽しげに揺れた。




 FIN

 最後までお付き合いいただきありがとうございマース。

 WEB版の方はこれにて完結になりマース。

 美久が完全に別キャラになってたりと、色々と内容が変わっている書籍版の方もよろしくしていただけると幸いデース。


「少年Sの学校デビュー」という新作長編を始めマシタので、興味のある方は下記URLや亜逸のマイページから覗いていただけると幸いデース。


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「放課後はケンカ最強のギャルに連れこまれる生活 彼女たちに好かれて、僕も最強に!?」
第2巻11月17日発売!

↓の画像は特設サイトへのリンクになっとりマース


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