ロユリクの行進
辺りは暗闇に染まり、パチパチと火が焚ける音だけが辺りに響いている。私は足音を殺しながら辺りをぐるりと見渡し、異常がないことを確認してから焚き火の傍へと戻った。丁度いいサイズの石に腰掛けながらふと空を見上げると、空には冬の星座が浮かび上がってきている。吐き出した息は白くなっていた。
「だんだんと冷えてきたな…もうすぐ冬だもんね」
そんな一人言をぼやきながら、私はいつもの通りに記録をつけようと一冊の古びたノートを開いた。
ノートの中には小さな古い地図が1枚挟まれており、そのささくれだった表面に指を滑らせると地図に描かれている大陸の中央には【ガルシア国】と言う名が刻まれている。
かつてのガルシア国は周辺国からは考えれないほどに繁栄しており、強大な力をもった国でもあった。軍事、取引、財政…様々な点に置いて、あらゆる面で秀でた国だったと思う。
(…ただ、周りに比べればという話だけであって、切り捨てられていた部分もあった)
貧困の格差。当時のガルシア国王はこの問題に目を瞑り、その問題は滅ぼされる時まで決して解決する事はなかったけれど。
(でも、今それを言っても何かが変わる訳じゃない)
急激に進みすぎた発展についていけない人達がいた。それを分かった上で国王は切り捨てていたのだから。
「………。」
ぱらり、と新しい地図を捲ると現在の地図にこの国の名前は載っていない。それは2年前に唐突に起こった【ロユリクの行進】のせいだ。当時のことを思いだし、思わず唇を噛み締める。
ロユリクの行進とは、2年前に起こった国が滅んだ時の出来事だ。当時のガルシア王国は軍事にも力をいれていたため、殆ど隙がないはずだったのにも関わらず、彼ら――ロユリクは、どこからか現れた。1番始めに現れたのは、最下層のガルシア国王が見放していた部分。化け物が出たんだ、助けてくれと懇願する人々の願いを国王は聞き入れなかった。何かがおかしいと言った皇太子の話を、聞こうともしなかった。それが、なぜなのかは分からない。だが、被害は確実に広まっていった。
ようやく国王が動き出したときには、既にロユリクは軍勢と言えるまでにその数を増やし、最下層のバラック街を越えて城下町にまで出没するようになっていた。
何の罪もない民間人の命が脅かされ、そこで初めてロユリク討伐隊がいくつも結成されたが、あまりにもロユリクの軍勢に対しての危険性の認識が甘すぎたのだ。
国王はどうやら討伐隊を組みさえすればその内沈静化するだろう程度の認識だったらしい。なぜそんなにも悠長に構えていたのかは分からないが、実際にそこからクイーンとロユリクがガルシア城に到達するまでに、時間はかからなかった。
2年前の私、アディラ・グリーンは元ガルシア国の軍隊、最終的にはロユリク討伐隊に所属していた。
討伐隊と言っても、名ばかりの部隊で実際に出撃したのは1度だけ。隊を動かした時点で、いや、実際には隊を結成した時点で何もかもがもう遅かったのだ。
軍隊として本来守るべき国民は瞬きする間に壊滅状態にまで追い込まれ、辛うじて生き延びていると思われる上層部ともまったく連絡がつかない。その時点で私達の軍隊は完全に孤立してしまっていたのだが、そんな混乱の最中にもロユリクの勢いは留まること無く、そのままの勢いで国を破壊し尽くしたのである。
本来指示を出すはずの指令部は既に壊滅しており、どこを守るのか、敵の詳しい情報も何かも分からないままに襲いかかってくるロユリクの軍勢。切らなければ、こちらが殺されてしまう。だが、なんとか敵を倒しても、仲間や守るべき国民は目の前で次々にロユリクになっていく。それはまさに、地獄のような光景だった。
そして、それがなぜなのか、理解できないままに襲いかかってきたのは、民間人を庇って大怪我をしてロユリクと相討ちになり、倒れていたはずの副隊長だった。
―彼の頭には、いつの間にか、あの黒い花が咲いていたのだ。
当時の私には理解が追い付かず、呆然としたまま副隊長の名前を呼んだ。その声に反応し、こちらをゆっくりと振り返った【元副隊長】だったロユリクは、彼と全く同じ動きで剣を振るった。
私を、殺すために。
『私は誰かを守る事以外に剣を振るわない。』
そう言っていた副隊長は今、私を殺そうと剣を振るっている。その事実がどうしても、現実なのだと理解できなかった。
どれだけ叫んでも、泣いても、もう、ロユリクと化した副隊長は返事をしなかった。
戦いたくなんか、なかった。自分に厳しく、他人には優しく。私の憧れの人だった。
ロユリクはどれだけ体を刺されても、切られても死なない。では、どこを切れば倒すことができるのか。それを身をもって教えてくれたのは、皮肉にも目の前に立っていた人だったのだ。
『返事を、してください、副隊長っ…!!!』
その懇願に、彼は死ぬまで答えてくれることはなかった。
あの時の事は、殆ど記憶に残っていない。他の仲間が助けてくれたのか、それとも一人だったのか―ただ覚えているのは、必死に戦い続け、気が付いたら副隊長の黒い花が足元に転がっていた事だけだ。
―――あの時に少しでもロユリクのことが分かっていれば、もっと多くの人が救えたのに。
今さら悔やんでも悔やみきれない。私は本来ならば救えるはずの命を、救えなかったのだ。その事を胸に、私は今日も戦い続けている。