仔猫と共に
宗教学者が天啓で自分は地獄に堕ちると宣告される。
そして毎晩死後の夢を見て苦しむ。でも…
「仔猫と共に」作:さのまる よかみち
宗教学者・水沢亜澄は多くの著書を残し晩年を迎えた。
宗教団体や信仰・哲学について多くを学び、その善い点を語り著書を作り、
宗教団体からもてはやされる売れっ子宗教学者だった。
ある時、夢の中で天啓を頂いた。
夢のお告げは、亜澄の死後は地獄へ堕ちると言う天啓だった。
大いに驚いた。自分は善人で人々を幸せな気持ちにさせる
自分のどこに悪い所があるか解らなかった。
その悪夢は毎日続いた。泣きわめき狂気に陥りながら、毎日を過ごしていた。
*
毎晩、悪夢を見る。
霊感と言うか死後の生活を自分がしてる事を夢に見るようになった。
地獄の中で、毎日、神さまにお祈りをし、仔猫が傍にいる生活。
でも毎日地獄の鬼に連れ出され、虐められる夢を見ていた。
地獄の家に帰ってくると仔猫は心配そうに、一緒に寄り添ってくれた。
この仔猫を鬼に見つけられてはいけない。
そう想い仔猫には言い聞かせ、やさしい仔猫はこの主人である亜澄を気遣い頷いた。
でも本当に分かってるのかどうかは解らない。
でもこの優しい仔猫は亜澄を気遣い安心させたい気持ちでいっぱいだった。
亜澄にもそれははなんとなく届き、亜澄自身もこの子猫に気遣っていた。
*
この子猫は何と言う名前か思い出せない。
でも子猫は凄く自分を慕ってくれる。
宗教を語りたい衝動が、地獄に居ても沸いて出る。
でも仔猫に説教は通じない。馬の耳に念仏と言う事もある。
だから説教はしなかった。
そうだ自分であの猫に名前を付けよう。
ところがどうもしっくりくる名前が出てこない。
考えても考えても出てこない。
何故か解らない。でもあの仔猫はいつもそばに居てくれる。
ならよく考えれば名前なんてどうでもいい。
あの仔猫と共にいる事が、いつしか地獄の悪夢の中でも、
どんな宗教の言葉より、子猫の存在が亜澄の救いになっていた。
*
ある悪夢の時、家に仔猫がいない。鬼に見つかったのではないか?
そう想い家を出て猫を探しに行った。
何処にもいない。鬼に連れ去られたのか?そうだったら大変だ!
あんな無力な仔猫は殺されてしまう。
亜澄は無我夢中で仔猫を鬼から助けに行こう鬼のいる所に行った。
*
鬼が猫を虐めていた。亜澄は助けようとしたが
周りの鬼達に捕まれ身動きが取れなくされた。
亜澄は思わず鬼達に懇願した。
「私には罪があるかもしれない。でもその仔猫は何より私にとっては大切な仔猫なんです。 だからどうかどうか、これ以上虐めないでください。私に何をしてもかまいません。でもその仔猫だけは虐めないで下さい。 」
すると鬼は嫌味な顔でニヤリとし「私の事を言えた柄か?おまえは生前この仔猫に何をしたかを覚えていないのか?」
「私は生きてる時はこの仔猫に会ってないです…。会って…会っていました…」
全てを思い出した。
この仔猫は亜澄が幼い時のペットだった。
*
冬の寒い夜、布団にもぐりこみ一緒に寝てくれる、冬の間もあたたかい布団で一緒に仲良しだった。
この仔猫は優しい仔猫だった。一緒に飼ってたヤンチャな猫にいくらちょっかい出されても仕返しはせず、されるがままの仔猫だった。
そんな仔猫だった。
その仔猫がこたつの上に乗った時、亜澄は「お行儀が悪い」と
この猫をひっぱたいて、こたつから吹き飛ばした。
そんな事があった。
でもその数日後、物置の上に頭を抱えうずくまって頭にウジ虫が湧いてたのを
家族が埋葬したそうだ。家族は気遣い「あの猫はお嫁さんの猫を見つけるために旅に出たんだよ」発情期を家族は子供に分かりやすく説明し、いつしか亜澄にとって仔猫のことは記憶の果てになってた。
*
全ての真実が解った。なぜ地獄に自分が堕ちるのか。
亜澄と仔猫がお別れをする時、挨拶をした子猫に絶望を与えた為、宗教学者として猫すら幸せに出来なかった事に天罰が落ちたのだ。
鬼は言う。
「この仔猫はお前が地獄に堕ちる事を予見し、
お前の元に共に居たいだから地獄へ堕としてくださいと閻魔大王に言ったそうだ。
なのにお前は、その猫と最後のお別れを拒み惨めな死に陥れた。
そんなお前をここにいる鬼どもはお前を許さない。
もっともっとお前が苦しむ姿をみたい。
お前がこの仔猫を慕っているのは知っていた。
だからこの仔猫を虐めればもっともっとお前が苦しむ。
だから鬼どもはお前を虐めるんだ。
大義名分があれば地獄の存在は許されてる。
お前が生前宗教学者として、
罪ある者に目隠しをさせたり、罪の意識で地獄の苦しみで悩む人々を作り出した。
それを鬼どもは許さない。」
亜澄はボロボロ泣いていた。猫を虐める鬼を許せない。
でもそれと同じ様、亜澄自身も鬼のような許せない罪を犯していた。
だから、もう正しさだけでは、目隠しした人は天国にはいけない事を改めて知った。
もう罪の償いなんてできない。ごめんなさい。ごめんなさい。
仔猫は死に、私も死んだ。
*
目を覚ましたら、ボロボロボロボロ涙が止まらなかった。
何も出来ない亜澄は宗教書を紐解いた。
でも自分の救いの言葉は見当たらなかった。
全てが色褪せ、子猫を地獄に巻きこんでしまう自分を後悔の念が抑えられなかった。
ただあの仔猫に手紙が書きたい。
「供養に成るか解らないけど、わたしにやさしくしてくれたあなたに
寒い夜の時一緒に布団で温まってくれたやさしいあなたに
お別れの時、正しさに振り回され、あなたを吹き飛ばしてしまったことに
ごめんね。あの世の地獄なんてあなたは行かなくて大丈夫。
私は地獄にいかないから。あなたと共にいる所が私の天国だから。
ヘブライ語で神さまの名前は「ありつつあるもの」
「私(神)の名前は『名前の無いもの』」と言う意味であると、
社会心理学者の故・エーリッヒ=フロムは言ってます。
そんな教義は貴方には解らないかもしれませんね。
今にしてみれば、私にとってあなた(仔猫)は救いでした。
姿の見えないあなた(仔猫)と私は魂の上で共に居ます。
姿が見えない神さま(仔猫)と私は魂の上で共に居ます。
だからいつも一緒にいるから、どんな地獄でも生きていける。
ありがとう私にとっての救いをありがとう。 」
そう手紙を書くと亜澄は眠りについた。
今日は悪夢は消えてるだろう。
*
そう信じられる宗教学者の彼女は、
今日も夢の中で、名前の無い神様(仔猫)と共にいる。
だから、あの世がどんな所であっても、私は彼女が幸せなんだと信じられるのです。
やさしい仔猫と共に居る
やさしい神様と共に居る
彼女ならば。
仔猫と共に・完