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96 妖精王女、訪問者に驚く

 あぁ、やっぱり……というのが最初に出てきた感想だった。

 ベリウスやエリザードの気質を考えれば、彼がそう思うのも当然だ。


「ここルセルヴィアの地で私はずっと帝都の動向を伺っておりました。いまだに皇后は決まらず、ファルサ公爵家の姫君の暗躍など、随分と後宮が荒れていたそうですね」

「……えぇ」

「私は混乱を収めるためにもグレンディルには一刻も早く皇后を選ばせるべきだと思っております。……『運命の番』でいらっしゃるエフィニア王女が適任だと思っていたのですが――」


 ベリウスはまっすぐにエフィニアを見つめ、少しだけ困ったように笑う。


「エフィニア王女も痛感していらっしゃるかと思いますが、『マグナ帝国の皇帝の妃』という地位には多くの苦悩が付きまといます。あなたのような異種族の方ならなおさらでしょう」

「……そうですね」

「それに、エフィニア王女はグレンディルとの間に『何か特別なものがあるわけではない』と仰っておられたでしょう」

「えぇ、言いましたわ」

「それを聞いて決心が固まりました。帝国の臣民の一人として、何よりグレンディルの兄として、私はあいつをエリザードと向き合わせます」


 ベリウスが一歩距離を詰めてくる。

 エフィニアは居心地の悪さを覚えて、思わず視線をそらしてしまった。


「エリザードは身分こそそれほど高くはないですが、皇后となるのにふさわしい気品や教養、何より皇帝であるグレンディルを一途に想う心を持っています。竜族の貴族令嬢でもあり、民の反感も抑えられることでしょう。だからこそ、私は彼女が皇后の座にふさわしいと思っております」


 エフィニアは動揺を顔に出さないようにするので精いっぱいだった。


 ベリウスの言うこともわかる。

 確かにエリザードはあらゆる面から見て、マグナ帝国の皇后の座にふさわしい女性だと言えるだろう。

「運命の番」であるのに、子ども扱いされたり侮られるエフィニアなどよりもよほど……。

 だか、何故それをエフィニアに言うのだろう。

 エリザードが皇后にふさわしいというのなら、エフィニアのいないところで勝手にグレンディルに直談判でも何でもすればいいのに。

 そんな不満を覚えたエフィニアに、ベリウスは最後の一押しだとでもいうように告げる。


「きっと『運命の番』でいらっしゃるエフィニア王女の仲介があれば、エリザードもグレンディルと向き合う勇気が出て、グレンディルもエリザードを受け入れやすくことでしょう。どうか、我々にお力添えいただけないでしょうか」


 なるほど、最初からこれが目的だったのか。

 エフィニアはなんと答えるべきか迷ってしまった。

 確かにエリザードは皇后の座にふさわしい女性なのかもしれない。

 だが――。


「少々、考えさせてはいただけないでしょうか」


 静かにそう口にしたエフィニアに、ベリウスは口元に笑みを浮かべたまま問いかけてくる。


「何故ですか? エリザードでは皇后たるにふさわしくないと?」

「いえ、エリザード様は素晴らしい女性です。きっと皇帝陛下を陰日向なく支えてくださることでしょう。ですが……安易に今のお話を受けるわけにはいきません」


 毅然と顔を上げて、エフィニアはそう告げる。


「後宮は今緊張状態にあります。僭越ながら、わたくしにも立場というものがあります。わたくしがエリザード様を推すことでパワーバランスが崩れ、またミセリア様の時のような事件に繋がりかねません」


 もっともらしく、エフィニアはそう口にする。

 ……今述べた理由ももちろんある。

 だが、それ以上に……胸の奥底のもやもやとした気持ちが、どうしても素直にエリザードを推させてはくれなかったのだ。


「……承知いたしました」


 ベリウスはエフィニアがそう答えるのをわかっていたかのように、朗らかな笑みを浮かべる。


「……少し、安心しました。あなたのような聡明な方がグレンディルの傍にいてくださって。あいつは私の忠告をまったく聞きませんからね」

「それは、まぁ……」


 エフィニアはなんて返せばいいのかわからず、曖昧な笑みを浮かべる。

 エフィニアの気まずさを察したのか、ベリウスはその場の空気を切り替えるように明るい声を出す。


「それでは案内を続けましょうか。我が宮殿には様々な美術品を秘蔵しておりまして、その中の一つに――」


 エフィニアはベリウスの話になんとか相槌を打ちつつも、胸の内のもやもやが広がっていくのを無視できそうにはなかった。





 その夜、エフィニアは一人バルコニーから外を眺めていた。


(これから、どうすればいいのかしら……)


 クロを母親の下に帰すという目的は達成できた。

 そのまま母親を帝都に連れて行きグレンディルと引き合わせ、妃――可能であれば皇后に迎えるという案は、ベリウスに言われるまでもなくエフィニアも考えていたのだが……。


(本当に、それでいいの……?)


 頭ではそうするのがいいとわかっていても、心は簡単に納得してはくれなさそうだった。

 確かにエリザードは妃として申し分のない女性のようだ。

 ミセリアのように裏工作をすることもなく、一歩引いたところでグレンディルを支えてくれることだろう。

 ……彼女がグレンディルの隣に立った時、エフィニアはどうなるのだろう。


(『運命の番』なんていってもお役御免かしら。故郷に帰るか、今までみたいに後宮の片隅でのんびり暮らすか……)


 どうにも心が決まらず、大きなため息をついた時だった。

 背後から、遠慮がちな足音が近づいてくるのが耳に届く。


「イオネラ? 先に寝てていいって言ったじゃな――」


 てっきりイオネラが呼びに来たのかと思い、エフィニアは何の気はなしに背後を振り返る。

 だがそこに佇んでいた人物を目にし、思わず息をのんでしまう。


「こんな夜分に失礼いたします、エフィニア王女殿下。……どうしても、エフィニア王女とお話がしたくて参りました」


 儚いシルエットが月明かりに照らされ、幻想的に浮かび上がる。

 エフィニアの頭を悩ませる原因の一人――エリザードが、申し訳なさそうな顔をしながらこちらを見つめていた。

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