90 妖精王女、出会う
三人が連れてこられたのは、丘の上にあるひときわ大きな建物だった。
白亜の宮殿――といってもよいだろう。
円柱とアーチを多用した優雅なデザインに、エフィニアは思わず感心してしまった。
初めて帝都の皇宮に足を踏み入れた時も驚いたものだが、こちらも規模は小さいものの、優美さでは負けていない。
(ここの領主は、きっと華やかな方なのね)
きっとグレンディルだったら、このどこもかしこも芸術品のようなこの宮殿に住むのは「落ち着かない」と口にしたことだろう。
不意にそんなことを考えてしまい、エフィニアは慌てて意識を切り替える。
(別に、陛下は関係ないんだから! とにかく、ここの領主にクロの母親探しに協力してもらえないかどうかを考えなきゃ)
床面に複雑な模様が描かれた柱廊を進みながら、エフィニアは少しでも自身を大きく見せようと背筋を伸ばす。
「エフィニア様……この状況、大丈夫でしょうか……」
「わからないけど、なんとか切り抜けるしかないわ」
不安げな声を漏らすイオネラにそう告げ、エフィニアは足を進める。
案内されたのは、豪奢な応接室だった。
調度品の一つ一つが洗練されており、部屋全体の統一感も素晴らしい。
ため息が出るほど優美な空間だ。
「綺麗なところですねぇ……」
「えぇ、そうね」
イオネラがうっとりとそう呟き、エフィニアも同意した。
確かに、雰囲気は素晴らしいのだが……。
(あんまり落ち着かないのよね……)
これなら、多少無骨な雰囲気のあるグレンディルの執務室の方が、エフィニアにとっては落ち着く空間であるような――。
(ってまた陛下のこと考えてる……! 今は関係ないのに!!)
気が付くとグレンディルのことを考えてしまい、エフィニアは嘆息した。
「ぅー……」
「クロ、大丈夫? どこか痛い?」
帝都からルセルヴィアへ向かう道中はキャッキャと騒いでいたクロも、ルセルヴィアに着いてからはピザを食べるときを除いて驚くほどにおとなしい。
今はまるで何かに警戒するように、時折唸り声をあげている。
もしかしたら調子が悪いのかと問いかけたが、クロはふるふると首を横に振った。
「ん、だいじょぶ……」
「本当? どこか悪かったらすぐに教えてね」
この場の雰囲気に、クロも緊張しているのだろうか。
それても――。
「……ねぇ、クロはここに来たことがある?」
もしかして……と思いそう問いかけると、クロはびくり、と身を震わせた。
(やっぱり……)
おそらく、クロは以前この場所に来たことがあるのだろう。
何か用事があってきたのか、それとも――。
エフィニアがそう考えた時だった。
「失礼いたします」
聞き覚えのない声と共に部屋の扉が叩かれた。
エフィニアはごくりと唾をのみ、入室を促す。
すぐに扉が開き、一人の人物が部屋の中へと足を踏み入れた。
すらりと背が伸びた、全体的にスマートな印象を感じさせる男性だった。
おそらく年の頃はグレンディルとそう変わらないだろう。
赤銅色の髪から覗くのは、竜族の証である立派な角だ。
身にまとう衣装も洗練されており、その立派な身なりからも彼がこの宮殿の主なのは明らかだった。
「……急に兵士に囲まれ驚かれたことでしょう。一刻も早くエフィニア王女の身の安全を確保しなければとの思いが先走り、大変な失礼をいたしました。お許しください」
丁寧に礼をし、そう謝罪した男に、エフィニアは相手を警戒させないように微笑んでみせる。
「いいえ、構いません。そこまでわたくしのことを気にかけていただき感謝申し上げます」
エフィニアがそう口にすると、彼は柔らかな笑みを浮かべた。
「申し遅れました。私はこのルセルヴィアの領主、べリウス・マグナと申します」
彼の名乗りに、エフィニアは驚きに目を丸くした。
「マグナ……」
それはこの帝国の、そして皇帝グレンディルの姓と同じだった。
エフィニアの困惑を感じ取ったのだろう。
領主――ベリウスは苦笑しながら告げる。
「この国では皇帝の一族がマグナ姓を名乗ることを許されているのです。皇帝――グレンディルは私の異母弟にあたります」
(陛下の、お兄さん……!?)
まさか、それは予想外だ。




