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89 妖精王女、見つかる

 街の中心部には市場の立ち並ぶ広場があり、多くの人でにぎわっている。

 ルセルヴィアの街の中にはいくつもの温泉施設があり、帝国でも有数の観光都市として名を馳せているらしい。


「私たちみたいな観光客も多いようですね~」

「……厳密には観光しに来たんじゃないけど」


 イオネラも周囲の活気に影響されたのか、長い耳をぴょこぴょこさせながらそわそわしていた。

 ここまでついてきてくれた彼女の献身に報いるためにも、少しくらいは観光していってもいいかもしれない。


「……ちょっとお腹が空いたわね。イオネラ、何か買ってきてくれる?」

「わ、わかりました! 何かリクエストは……」

「あなたに任せるわ」


 そう言うと、イオネラの顔が輝いた。


「はいっ! すぐに買ってきます!!」


 スキップするように軽い足取りで市場へ吸い込まれていくイオネラを見送り、エフィニアはくすりと笑う。


(案外、こういうところでクロの母親に出くわしたりはしないかしら)


 傍らのクロにちらりと視線をやる。

 クロは緊張しているのか、それとも人の多さに圧倒されているのか、ぴったりとエフィニアにくっついて離れなかった。


(……母親のことを聞き出すのは、もう少し落ち着いてからでもよさそうね)


 お腹が満たされれば、クロの緊張も解けるだろう。

 そう考え、エフィニアはクロの手を引き広場の中心に位置する噴水の傍のベンチに腰を下ろした。




「はぁ~、美味しかったわ。帝都でもピザを頂くことはあるけど、なんというか生地の具合が違うというか……」

「地熱を利用した特別な窯で焼いているそうですよ! 『火山パワー!』だってお店の方が仰ってました!」

「なるほど……?」


 火山パワーはよくわからないが、空腹は満たされエフィニアの舌も大満足な味だった。


「クロもお腹いっぱいになった?」

「うん! おいしかった!」

「ふふ、よかった」


 美味しいものを食べたことで、クロにも笑顔が戻ったようだ。

 ……今なら、聞き出せるかもしれない。


「……ねぇクロ、聞きたいことがあるのだけれど――」


 そう問いかけると、クロはきょとん、と目を瞬かせる。

 できるだけ詰問するような言い方にならないように、エフィニアは優しく彼の母親の手掛かりを探ろうと口を開きかけたが――。


「エ、エフィニアさまぁ……」


 何故か切羽詰まったようなイオネラの声が聞こえ、エフィニアは顔を上げる。

 そして、異変に気付いた。


(あれは……兵士!?)


 人ごみの向こうから、兵士と思われる者たちがまっすぐにこちらへ向かってくるのが見えた。


(まずい、逃げないと……!)


 エフィニアはすぐさま兵士が迫ってくるのと反対方向に目を向けた。

 だが、無駄だった。


(こっちからも!?)


 まるでエフィニアの逃走経路を塞ぐように、逆方向からも兵士の集団がこちらへやってくるのだ。


(まさか、もう皇帝陛下の追手が……!?)


 ひと暴れして逃げ出そうかとも思ったが、この人数ではさすがに難しいだろう。

 ここは、おとなしくしておいた方がよさそうだ。

 兵士はエフィニアの前までやってくると、綺麗に整列した。

 その中の一人が代表するように一歩前に出て、声をかけてくる。


「……失礼、フィレンツィアのエフィニア王女殿下でいらっしゃいますか」


 その声は明らかに確信の響きを帯びていて、ここで「人違いです」と言ってごまかせないことはすぐにわかった。


「えぇ、わたくしがエフィニアです。あなたたちは皇帝陛下の差し金ですか」


 ここまできてしまったら、もう堂々とするしかない。

 そう覚悟を決めて、エフィニアは毅然とそう問い返す。

 だが、返ってきたのは意外な答えだった。


「いえ、我らが仕えるのは皇帝陛下ではなく、このルセルヴィアの領主であらせられる御方です」

「え……?」

(ってことは、皇帝陛下の追手じゃない……?)


 ぽかんとするエフィニアに、兵士は懇切丁寧に告げた。


「王女の御身に何かあってはいけませんので、こうしてお迎えに上がりました。決して手荒な真似は致しませんので、我らにご同行いただけないでしょうか。領主様の下へお連れ致します」


 兵士はそう言って、丁寧に礼をしてみせた。

 ……エフィニアはじっと目の前の兵士を観察した。

 磨き抜かれたピカピカの鎧には、ルセルヴィアの紋が刻まれている。

 統率された動きからも、彼らがこの街の正規兵であることは間違いないだろう。

 だったら……ここで逃げるよりも、一度領主に会ってみた方がいいかもしれない。


「……わかりました。あなた方に同行いたします」


 鬼が出るか蛇が出るか。どちらにしても、目的を果たせないままおめおめと竜皇の下へ戻るよりはましだろう。


「うゅ……」

「大丈夫よ、クロ。私がついてるわ」


 怯えたようにしがみつくクロの手を、エフィニアはしっかりと握りしめた。


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