86 妖精王女、隠密行動
「……ふぅ、ここまで来れば大丈夫そうね」
後宮の門を出て、ひとけのない小路まで来てやっと、エフィニアは一息つくことができた。
途端に、誰もいなかったはずの小路にエフィニアの姿が現れた。
「はぇ~、本当にバレませんでしたね……」
「ぅ~、つかれたぁ」
すぐに、額の汗を拭うイオネラと緊張した様子のクロも姿を見せる。
二人の姿を確認し、エフィニアは安堵の笑みを浮かべた。
「ウンディーネの力で水の衣をまとって、私たちの姿を見えなくしたの。姿が見えないだけで物音や気配までは消せないからどうなることかと思ったけど……なんとかなったわね」
エフィニアは遠くに見える後宮の門を振り返る。
エフィニア、イオネラ、そしてクロの三人は、たったいま秘密裏に後宮を抜け出してきたばかりだ。
水の精霊――ウンディーネを呼び出し、姿を隠しながらこっそり門番の真横をすり抜けるのはなかなかに苦労した。
うっかりクロが小石を踏んずけてしまった時はさずかにバレたかと焦ったが、ちょうど門番のあくびと重なり、バレなかったので万々歳だ。
「ウンディーネの力……。えっと、短時間でも姿を消して移動できるってことですよね? わぁ、他の種族にこの能力のことが知られたら大変なことになりそう……」
イオネラは今更ながらにそう気づいたのか、顔を青ざめさせている。
一時的にでも姿を消すことができる能力――悪用しようと思えば、いくらでもできてしまう力だ。
もちろんエフィニアもわかっている。だからこそ、誰かれ構わず見せびらかすような真似をするつもりはない。
「あなたが黙っていてくれることを信じるわ、イオネラ。私たち妖精族は基本的に平和主義者だから、精霊の力を悪用されるようなことは避けたいのよ」
あまり外部と交流がなかったこともあり、今のところ妖精族が精霊を呼び出す能力は、他種族からすれば「なんか小さい生き物が小さい生き物を呼び出してわちゃわちゃやってる」くらいの認識であるらしい。
真の有用性に気づいている者は、おそらくほとんどいないことだろう。
(それでいいわ。精霊たちに嫌な役目をさせたくないもの)
手伝ってくれたウンディーネにお礼のお菓子をあげながら、エフィニアは後宮に背を向け目的の方向を見据える。
「……さて、それじゃあルセルヴィア行きの馬車を探しましょうか」
「あの、エフィニア様……本当にいいんですか? 陛下に何も言わずに出てきてしまって……」
後ろめたそうにそう口にしたイオネラに、エフィニアはゆっくりと首を横に振る。
エフィニアは誰にも告げずに後宮を後にした。
後宮の妃としては、あってはならない行動だ。
だが、後悔も戻るつもりも毛頭なかった。
「いいのよ。陛下に知られたら邪魔される可能性だってあるもの。陛下がこれ以上ウダウダ言えないように、クロの母親を見つけて連れてこなきゃ!」
こんな大胆な行動を起こしたのも、すべてはクロの母親を見つけてグレンディルの下へ連れてくるためだ。
エフィニアにイオネラ、それにクロも、市井の民に紛れられるような衣服を着てきた。
これからクロが言っていた街――ルセルヴィアに向かい、彼の母親を探すのだ。
エフィニアがいなくなったことが知られれば、グレンディルが何か妨害をしてくるかもしれない。
その前に、さっさと帝都を抜け出さなくては。
「おでかけ、おでかけ!」
「ふふ、外に出るのは久しぶりね、クロ。楽しい?」
「うん!」
久しぶりに外の空気を吸ったクロはご機嫌だ。
(……クロの母親が見つかれば、もっと堂々と出歩くこともできるようになる。これも、クロのためなのよ)
そう自分に言い聞かせ、エフィニアはクロの手を引く。
「よし、行くわよ! イオネラ、案内お願いね」
「はっ、はい!」
ただの通行人の振りをしながら、エフィニアは振り返らずに歩き出した。




