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83 竜皇陛下、狼狽する

 いつものように、テーブル越しに二人は二人は向かい合う。

 先に口を開いたのはエフィニアだった。


「……本日ははるばるご足労頂き感謝いたします、皇帝陛下」

「あ、あぁ……」


 その丁寧な……それでいて他人行儀な態度に、グレンディルの胸はざわつく。

 まるで、彼女との間に分厚い透明な壁があるようだった。


「現在、後宮は少しざわついております。例の、皇帝陛下の隠し子騒動が広まっているようです」

「そうだろうな」

「ですから、陛下……」


 エフィニアは澄んだ瞳でまっすぐにグレンディルを見つめる。

 思わずどきりとしたグレンディルに、彼女はとんでもないことを告げた。


「一刻も早くクロの母君を皇后として立て、情勢の安定を図るべきです」

「…………は?」


 ちょっと待て、彼女は何を言っている?


「クロの、母親……?」

「はい。どんな方かは存じませんが、今の後宮や世間の空気ですとどんな相手であれ陛下がお選びになった方であれば歓迎していただけるでしょう。またミセリア様のようによからぬことを企む方が現れる前に、一刻も早く――」

「待て」


 頭が痛くなりそうだった。

 クロの母親? 皇后を立てる?

 いくら何でも、話が飛躍しすぎている。

 それに、何よりも……。


「クロは俺の子じゃないと説明しただろう」


 不満を漏らすようにそう告げたが、エフィニアの態度は変わらなかった。


「陛下に記憶がないのなら仕方がありません。お酒の勢いとか、そういうこともあるのでしょう。ですが、クロが陛下の御子であるのは事実です。血統石が証明してくれたではありませんか」

「あれは……」


 グレンディルは言葉に詰まってしまった。

 確かに彼女の言う通り、血統石がグレンディルとクロの血縁関係を示したのは確かなのだから。


「血統石に細工をされたか、あるいはクロの方に何か血統石を欺くような仕掛けが――」

「皇宮の宝物庫に保管されていた国宝なのでしょう? そう簡単に欺けるとは思いませんわ」


 エフィニアは相も変わらず穏やかな笑みを浮かべている。

 その微笑みになんともいえない威圧を感じ、グレンディルは何も言えなくなってしまった。


「そろそろ認めるべきですわ、陛下。クロは確かに陛下の御子なのです」


 エフィニアの目は真剣だった。ふざけていたり、からかおうとしているわけではない。

 真剣に、今後のことを議論しようとしているのだ。

 そうわかっているからこそ……グレンディルはやるせない思いでいっぱいだった。


「陛下に心当たりがあろうがなかろうがそれが事実です。次に陛下がすべきなのは、クロの母親である女性を皇后として迎え入れることです。心当たりがないのなら、帝国中にお触れを出すなり捜索隊を組むなりなんとして見つけ出さなければ」


 エフィニアはどこまでも落ち着いていた。

 あくまで国の安定のために、目の前の「運命の番」に、別の相手を伴侶として迎え入れるようにと進言しているのだ。

 どこまでも凛としたその姿は、グレンディルが惹かれるエフィニアそのものだった。

 だが……グレンディルは、彼女のようには割り切れなかった。


「……君は」


 つい、勝手な言葉が口からこぼれ出てしまう。


「君は、それでいいのか」


 そう問いかけた瞬間、エフィニアの笑みが強張った。

 彼女は再び笑みを取り繕おうとして、うまくいかなかったのか表情を歪め、俯いた。


「……たが」


 ぽそりとつぶやかれた声に、グレンディルははっとする。

 その声は、深い悲しみを押し殺すような響きを帯びていた。


「あなたがっ……それを言うんですか!」


 顔を上げたエフィニアを見て、グレンディルは愕然とした。

 エフィニアの美しい瞳には、確かに涙が浮かんでいたのだ。


「それでいいのかって……私に何をしろというんですか!? 『運命の番』なんて言われても、何も教えてもらえなくて、嘘をつかれて、それでも受け入れようとしたら今度は『それでいいのか』って……私には、あなたの方がわかりません!」


 ……泣かせた。泣かせてしまった。

 誰よりも大切にしたい「運命の番」が、目の前で泣いている。

 グレンディルはこれまでにないほど狼狽していた。

 こんなにも、一人の相手に心が搔き乱されることなど今までになかった。

 だから、何を言えばいいのかわからなかったのだ。


「運命の番だからといって、私は陛下の邪魔をしませんのでどうぞご自由に! 邪魔なら国に帰ります。もう陛下の前には現れませんので私のことなど忘れてくださっても結構です!」

「なっ……」


 その言葉に、グレンディルは慌てて立ち上がった。

 嫌だ、帰らないでほしい。いなくならないで、傍にいてほしい。

 そんな思いのまま、グレンディルはエフィニアに手を伸ばしたが――。


「触らないで!」


 ぱしり、と彼女の小さな手に己の手が弾かれる。

 竜族であるグレンディルからすればあまりに弱弱しい抵抗だったが、「運命の番」であり意中の相手でもあるエフィニアからの明確な拒絶は、グレンディルの動きを止めるのは十分すぎるほどの威力を持っていた。

 彼女は涙に濡れた顔でグレンディルを睨みつけ、必死に叫ぶ。


「帰って」

「だが……」

「今は、あなたの顔を見たくないんです……!」


 そう言って顔をぐしゃぐしゃにしたエフィニアに、グレンディルの胸は締め付けられる。

 ……今、一番エフィニアを傷つけているのは不甲斐ない自分の存在だ。

 そうわかっているからこそ、グレンディルには彼女に従うほかなかった。


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