表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

82/117

81 妖精王女、落ち込む

 ――クロは確かにグレンディルの子だった。


 その事実を知ったエフィニアは、どうやって後宮に戻ったのかすらよく覚えていないほどだった。

 気を遣ってくれたのかイオネラがクロの世話を申し出て、エフィニアは部屋で一人悶々とベッドに転がる。


(……なによ。あんなに否定していたくせに)


 ――「俺にとって重要なのは、君が信じてくれるかどうかだけだ、エフィニア」


 そんなことまで、言っていたのに。


「……陛下の嘘つき」


 ぽつりとこぼれ出た言葉が虚空に消えていく。

 クロがグレンディルの実の子だという事実よりも、グレンディルが嘘をついてエフィニアを騙そうとしたことが何よりもつらかった。

 簡単に丸め込めると、そう思われていたのだろうか。

 しょせん帝国の皇帝である彼にとっては、「運命の番」であるとはいえ小国の王女に過ぎないエフィニアの存在などその程度だったのだろう。

 そんな事実に、エフィニアは思いのほか打ちのめされていた。


(……最初からわかっていたはずなのに)


「運命の番」という奇妙な関係がなければ、グレンディルがエフィニアに目を留めることなどなかっただろう。

 ただ従属国の王族として謁見し、何事もなく故郷への帰路についていたはずだ。

 二人の人生が交わることなど、本来ならありえないことなのだ。


(……うん。きっと、本来の正しい形に戻っただけ)


 竜族の中には「運命の番」が傍にいないと、不安定になって暴れだしたりするものもいるようだが……幸いなことにグレンディルはエフィニアがいなくとも落ち着いているように見える。

 ならば「運命の番」とは、エフィニアの存在意義とはなんなのだろう。


(私なんて、いなくてもいいじゃない)


 グレンディルには既に子を成した女性がいるのだ。


「運命の番」などよりも、よほど大切にすべき相手が。

「はぁ…………」


 頭の中でぐるぐると終わりのない問答を続けながら、エフィニアは枕に顔をうずめた。



 ◇◇◇



「まったく……こんな悪質なデマ、許せませんわ!」

「新聞社に抗議するべきです!」

「グレンディル陛下にはエフィニア様がいらっしゃるというのに!!」


 もはや定例となったお茶会にて。

 口々に例の「皇帝陛下の隠し子発覚!?」の記事へ憤る寵姫たちを、エフィニアはどんよりとした気分で眺めていた。

 彼女たちは信じ切っているのだ。

 皇帝グレンディルがそんな不誠実な真似をするはずがないと。


(なのに実際はひどいものよ)


 どこまででもしらを切り、実の子であるクロにさえもつらく当たる始末。

 その姿を見せてやりたいものだ。

 自暴自棄になって「実はそこに書かれていることは本当なんですよ」と暴露したくもなったが、エフィニアはぐっと理性で押しとどめた。

 真実がどうであれ、クロとその母親の存在は後宮にとって……いや、帝国にとっても大きな火種となりかねない。

 気心の知れた寵姫同士とはいえ、軽率なことを口にするわけにはいかない。

 とにかく慎重に振舞わなければ・


「ご安心ください、エフィニア様! 陛下はエフィニア様一筋ですから!!」


 力強くそう主張する寵姫に、エフィニアは何も言わずににっこりと微笑んだ。

 真実を知ったら彼女たちはどうするのだろうか。

 今まで通りエフィニアを担ぎ上げるのか、それとも「運命の番」でありながらグレンディルにないがしろにされたエフィニアを憐れむのか……。


(こんなことばかり考えて、馬鹿みたい……)


 浮かべた笑みがひきつりそうになってしまう。

 だがそんなエフィニアの内心には気づかずに、寵姫たちはきゃっきゃと盛り上がっていた。


「もちろんです! 皇后となられるのはエフィニア様以外にはありえませんから!」

「ですよね。種族や家柄ではなく、やはり皇帝陛下に一途に愛されている方が皇后となられるべきですわ!」


 エフィニアはいつも通り曖昧な笑みを浮かべようとして……できなかった。

 皇帝に一途に愛されている者が皇后となるべきなら――。


(それは、私じゃない)


 このままグレンディルがクロとその母親の存在を無視し続け、情勢安定のためエフィニアを皇后の座に据えたとしても。


(……なんて、むなしいのかしら)


 皇后になったエフィニアを、皆は今のように「さすがは『運命の番』」だと持て囃すのだろう。

 それが、心の伴わない空虚な関係だとも知らずに。

 そう考えただけで眩暈がするようだった。


「……エフィニア様?」


 心配そうに声を掛けられ、エフィニアははっとする。

 慌てて意識を現実に戻すと、すぐに隣に座っていた寵姫の一人――アドリアナが気遣うようにこちらを見ていた。


「どうかなさったのですか? お加減がすぐれないのなら――」

「いいえ、大丈夫よ。それよりこのお菓子とっても美味しいわ! どこのお店なのかお伺いしてもよろしいかしら」

「まぁ、エフィニア様はお目が高い! 実はこれ、帝都でも一番の――」


 なんとか寵姫たちの話題を逸らすことができ、エフィニアはほっとした。

 だが、心の中の暗雲は晴れないままだ。


(やっぱり、このままはよくないわ)


 誰が皇后に選ばれるにしろ、クロの存在を宙ぶらりんにはできないだろう。

 きちんとグレンディルと話さなければ。

 スイーツ談議に興じながらも、エフィニアは心の奥底でそう決意した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ