8 竜皇陛下、静かに落ち込む
エフィニアがまだ見ぬ帝国グルメに思いを馳せている頃……皇帝の執務室の空気は張りつめていた。
鬼気迫る勢いで書類をさばいていく皇帝グレンディルに、側近たちはすっかり怯え切っている。
――「金・輪・際! わたくしに構わないでくださいませ!!」
あの小さな番に拒絶された日から、グレンディルは静かに荒れていた。
まるで現実逃避のように昼夜問わず仕事に没頭し、少しでも気に入らない発言をする者がいれば「首を刎ねられたいのか?」と脅す始末。
まさに「冷血皇帝」の名にふさわしい、歩く地雷と化してしまったのだ。
皇帝の側近の一人であるクラヴィスは、この状況を憂いていた。
さすがにこんな状況が長期間続けば、バタバタと倒れる者が続出するだろう。
すると、その分の仕事が自分の所に降ってきかねない。それは勘弁願いたいのだ。
だから、そろそろこの状況をなんとかせねば。
「あーあ、そろそろ疲れたから休憩にしねぇ? はい仕事終わりー!」
グレンディルの手元から書類を取り上げ、室内で震えながら執務に従事していた者たちも「休憩」の名目で追い払う。
そして、人払いを済ませたところで本題に入った。
「……なぁ、ごめんて。俺も一緒に行くから、エフィニア姫に謝りに行こう。な?」
グレンディルがこんなにも荒れているのは、「運命の番」に手ひどく拒絶されたせいだろう。
個人差はあれども、竜族にとって番とはそれだけ大きな影響力を持つ存在なのだ。
エフィニアはグレンディルのことを大いに誤解している。
そしてその原因の一端は……クラヴィスにないとも言えないのだ。
もしもクラヴィスが煽り半分でグレンディルを挑発しなければ、その結果エフィニアがグレンディルの照れ隠しの発言を聞かなければ、今頃二人は運命の番としてうまくいっていたのかもしれない。
クラヴィスも小指の爪の先くらいは、申し訳なさを感じていた。
グレンディルがエフィニアに土下座して謝るというのなら、ついでに土下座してやるくらいの心づもりはあったのである。
「……今更、どの面下げて会いに行けと?」
だが、そう呟いたグレンディルの声は沈んでいた。
散々「幼女趣味の変態野郎」のような目で見られ、番にも見放された雄竜の哀れな姿だった。
「でもさぁ、このままにしてたらどんどん事態は悪化するだけだぞ。お前はそれでいいのかよ」
「……エフィニア姫は金輪際関わるなと言ったんだ。どうして俺が会いに行ける」
「そんなこと言って、ビビってたら本当に手遅れになるぞ。女の子相手には時には強引にいくのも大事なんだって」
クラヴィスは何とか説得を試みたが、グレンディルは頑として動かなかった。
大陸最強と恐れられる常勝皇帝も、番相手には随分と臆病になってしまうようだ。
「じゃあ、ずっとこのままでいいのかよ」
「…………」
「お前偵察得意だろ。バレないようにちらっと様子くらい見て来いよ。エフィニア姫だって慣れない後宮で苦労してるかもしれないだろ」
その言葉に、皇帝グレンディルの眉がぴくりと動いた。
やはり、なんだかんだ言ってもエフィニアのことが気になって仕方がないようだ。
「まぁ、一度くらい後宮の様子を確認するのもいいかもしれない」と言い訳がましく口にする皇帝を尻目に、クラヴィスはため息をついた。