77 竜皇陛下、大荒れする
マグナ帝国皇帝グレンディルの執務室は、いつになく緊迫感に満ちていた。
まるで現実逃避のように一心に手を動かし続ける皇帝グレンディルに、官吏たちは竜皇の怒りを買わないように息をひそめている。
そんな中、バァンと弾け飛ぶような音を立て、執務室の扉が勢いよく開かれる。
「『皇帝陛下に隠し子発覚!?』の号外もらってきたぞ! ちょっと遅れたけど出産祝いは――」
まさに自身の逆鱗に触れた友人に、グレンディルはノータイムで手元の玉璽を投げつけた。
「うぉっ、あぶな! 一応歴史ある玉璽なんだからもっと大切に扱えよ……」
なんとか玉璽をキャッチした友人――クラヴィスは、びくびくと状況を見守っていた官吏たちに向かって手を叩く。
「ほらほら、いったん休憩な。外で号外配ってたから記念にもらってくるといいぞ~」
これ幸いと逃げ出す官吏たちの姿に、グレンディルは大きくため息をつく。
「……潰すか、新聞社」
「やめろよ。エフィニア姫が『Dr.パルパルのお悩み相談コーナー』を楽しみに読んでるって言ってたぞ」
「…………そうか」
運命の番である妖精姫の名を出され、グレンディルは間一髪くだらない号外を飛ばした新聞社を潰すのを思いとどまった。
今すぐ成竜の姿になりすべてを燃やし尽くしたい気分だが、エフィニアの楽しみを奪うのは忍びない。
「ほら、お前も読んでみろ」
クラヴィスに手渡された紙面に、グレンディルは嫌々目を通す。
『――帝国全土に衝撃走る――
某月某日、マグナ帝国皇帝グレンディル陛下に実は隠し子がいるという驚きの事実が明るみに出た。
グレンディル陛下はそのストイックな性格から、後宮に迎えた妃のことを顧みないことで有名である。しかしここ最近では足繁く後宮を訪れるようになっており、ついに皇后の選定が行われるのではないかと注目を浴びていた。
そんな中、突如としてグレンディル陛下の隠し子とみられる存在が姿を現したのだという。
「間違いなくグレンディル陛下の御子でしょう。ちらっとお姿を拝見しましたが、あまりにも瓜二つでした」(後宮関係者)
現在隠し子とみられる存在は、後宮にて匿われているのだという。
気になるのは誰が母親であるかという点だが……。
「外見的特徴から見て母親も竜族で間違いないでしょう。つい先日後宮を去られたばかりのミセリア姫など有力候補ではないでしょうか。グレンディル陛下は機を見て子の母親がミセリア姫であることを発表し、彼女の復権を狙っておられるのでは」(マグナ帝国貴族)
グレンディル陛下といえば妖精族であるエフィニア王女が「運命の番」であることが発覚し、世間を騒がせたのは記憶に新しい。
頻繁に彼女の下を訪れているとの情報もあるが、隠し子の母親が竜族であるとなると、エフィニア王女との関係にも揺らぎが生じるのは間違いないだろう。
「栄えある皇后の座に就くのは誇り高き竜族でなければ! あの小生意気なちんちくりんなんかに皇后の座が務まるわけがないと前々から思っていたんです! なのに私を後宮から追放するなんて(以下略)」(自称:元後宮女官)
「グレンディル陛下がエフィニア王女を特別気にかけているのは間違いないでしょう。ですがそれは、あくまで彼女がまだ幼いからですね。エフィニア王女は見ての通り幼気な少女であり、グレンディル陛下にとっては皇后候補というよりも娘のような存在なのでは」(皇宮関係者)
やはり事情を知る者からは、エフィニア王女が皇后の座に就く可能性は低いという見解が強いようである。
竜と妖精の「種族を超えた愛」は巷の若者を中心に好意的に受け取られているようだが、やはり歴史ある帝国の皇后となるのは竜族という伝統を打ち破ることはなさそうだ。
「冷血竜皇」の異名で知られるグレンディル陛下の皇后選びには、まだまだ波乱が続きそうである――』
最後の一文まで読み終えた瞬間、グレンディルは目の前の号外をぐしゃりと握りつぶした。
「なんだこれは……」
「記者がけっこうな竜族絶対主義っぽいな。まー好き勝手に書いてくれちゃって」
「そもそもこの関係者というのはなんなんだ。探し出して打ち首にしてやろうか……!」
「マジギレすんなよ。こういうのは大体裏も取らずに適当に書いてんだから」
エフィニアが幼く見えて成人済みという基本情報すら知らないあたり、本当に関係者の証言なのかどうかは疑わしい。
「自称:元後宮女官」あたりからはなんとなく見知った顔が浮かんでくるような気もするが、それを指摘すれば本当にグレンディルが彼女の首を取りに行きかねないのでクラヴィスは黙っておいた。
しかし問題なのは、グレンディルの隠し子(らしき謎の存在)が世間にバレてしまったことである。
「お前もいい加減に観念しろよ。こうなったらむしろ隠し子だって堂々と発表した方がいいだろ。エフィニア姫だって誠心誠意謝れば許して――」
「だから、本当に身に覚えがないと言ってるだろう」
クラヴィスやエフィニアを含め、周囲の者は99%くらい「あれはグレンディルの隠し子で間違いない」と思っているようだが、グレンディル自身には本当に覚えがないのだ。
これが本当に隠し子であれば、グレンディルもここまで焦ったりはしない。
自分にそっくりな、それでいて身に覚えのない謎の存在……。
正直に言えば、不気味で仕方ない。




