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75 妖精王女、謎の少年に出会う


(何をやってるの私! また黒歴史を量産するところだったわ……!)


 幼竜の姿で甘えていたことはグレンディルにとっても忘れたい出来事だろうが、エフィニアにとっても相当恥ずかしいのだ。

 なのにまた、その恥ずかしい歴史を繰り返そうというのか。


「こんな姿で後宮を訪れるなんて、人に知られてはいけない火急の用件ですか?」

「くるぅ?」

「だから『くるぅ』じゃなくて――」

「きゅー!」

「陛下!?」


 いきなりぺろぺろと頬を舐められ、エフィニアは真っ赤になってしまう。


「もぉっ……陛下!」


 慌てて引きはがしたが、幼竜クロは「何がいけないの?」とでもいいたげに首をかしげている。


「うぅ……」


 まったく彼の真意がわからずに、エフィニアは頬を染めながら唸る。


(わざわざこの姿で来たってことは、あまり人に知られたくない件なのよね? それで、こんな風にじゃれついてくるってことは……)


 もしや、皇帝グレンディルは――。


「わ、私が故郷へ帰る前に、陛下が仰られた件でしょうか……?」


 ――「今は『運命の番』という関係を越えて……エフィニア、君に惹かれている」

 もしや、こっそり後宮を訪れた彼は、あの時の続きを聞かせてくれるのではないか……?


「くるぅ!」


 幼竜が肯定するように鳴き声を上げたので、エフィニアの頬がぶわりと熱を持つ。


「そ、そうならそうと仰ってくださればよいのに……」


 なんだか気恥しくて、視線を逸らしながらエフィニアはそう告げた。

 ……本音を言えば、嬉しい。

 彼のあの言葉は幻ではなかった。

 皇帝グレンディルは、きちんとエフィニアに向き合うつもりがあったのだ。


「わたくし、これでもいろいろ考えたんですよ? 陛下があんなことをおっしゃるから、フィレンツィアに戻っても陛下のことが頭を離れなくて……って聞いてます?」


 エフィニアの真剣な言葉などどこ吹く風で、幼竜はうりうりと頭をエフィニアの腹の辺りに押し付けてくる。


(も、もしやこれは竜族式の求愛のサインとかだったり……!?)


 その可能性に思い当り、エフィニアの体温は更に上昇した。

 この大陸には様々な種族が存在し、種族によってコミュニケーション方法も異なるということはエフィニアも知っている。

 妖鳥族なら愛の歌を捧げ、人魚族は自分にとって一番の「宝物」を渡すのが愛を伝える際の通例だと聞いたことがある。


 ……ならば、竜族は?


 大陸でも最強クラスの戦闘力を誇る竜族は、愛を伝える際にどういった行動をするのだろうか。

 側室同士のお茶会に参加した際も、主に「帝都でお勧めの店や美味しいお取り寄せグルメ」の話しか聞いていなかったエフィニアは、自身の浅慮を初めて後悔した。

 もしかしたら、今まさに必要な情報が交わされていたかもしれないのに。


(くっ、もっと勉強しておけばよかった……)


 膝の上でごろごろと満足げな幼竜クロを見下ろしながら、エフィニアは歯噛みする。

 もしかしたら、グレンディルは彼なりの方法で自身の想いを伝えようとしてくれているのかもしれない。

 だが、エフィニアにはわからないのだ。

 だから――。


「お願いです、グレン様……。わたくし、グレン様の口から言葉で聞きたいのです……」


 喉から出てきたのは、自分でもこんな声が出せたのかと驚くくらい、弱弱しく甘えたような声だった。


「くるぅ?」


 エフィニアの懇願を受けて、幼竜がのっそりと頭をもたげる。

 じっと瞳を見つめると、幼竜もつぶらな瞳で見つめ返してくる。

 ……ドキドキと胸が高鳴る。彼の言葉を待つ数秒の時間が、まるで永遠のようにも感じられた。


「……グレン様は、わたくしのこと――」

「俺がどうかしたのか」

「!?」


 その時、待ち望んでいたグレンディルの声がエフィニアの耳に届いた。

 ……目の前の幼竜ではなく、まったく予期せぬ方向から。


「な、なななな……!?」


 慌てて振り返ると、庭園の向こうから皇帝グレンディルがこちらへ歩いてくるのが見える。


「……驚かせて済まない。君の侍女に尋ねたところ、ここにいると聞いたものだから――」

「え? えぇ……!?」


 どこからどう見ても、エフィニアの知る皇帝グレンディルだ。

 ……ということは、目の前のこの幼竜は?


「陛下が分裂した!?」

「は?」

「くるぅ?」


 パニックになるエフィニアに、幼竜は「どうしたの?」とでも言いたげに首をかしげている。

 だがその小さな竜は、こちらに近づいてくるグレンディルの姿を見た途端ぱっと目を輝かせたのだ。


「くるるぅ!」

「あ、ちょっと!」


 止める間もなく、エフィニアの腕の中から飛び出した幼竜がグレンディルの下へと飛んでいく。

 グレンディルは驚いたように幼竜を受け止め……驚愕に目を見開いた。


「なんだ、こいつは……!?」

「陛下もご存じないのですか!?」


 どうやらこのグレンディルにそっくりな幼竜が何者かは、グレンディル本人にもわからないらしい。


「おい、何者だ貴様は。……エフィニアに何をしようとした」


 初めは驚いていたグレンディルだが、だんだんと彼の顔つきは険しくなっていき、まるで尋問するように幼竜の体を鷲掴みにしている。


「きゅうぅ……」

「ちょっと、陛下……!」


 怯えたような鳴き声を上げる幼竜が哀れになり、エフィニアは慌ててグレンディルを止めようと手を伸ばす。


「おやめください、相手はまだ子どもかもしれないんですよ?」

「俺にそっくりな個体が、偶然君の所へ迷い込むと思うか? 君に危害を加えようとしていたとしか思えない。だったら、このまま――」


 幼竜の体を掴む両の手に、グレンディルが力を込めたのがわかった。

 まるで、その小さな体を縊り殺そうとするかのように。

 滅多に目にすることのない竜族の獰猛性に、エフィニアの全身がぞくりと泡立つ。

 だが、このまま見過ごすことはできなかった。


「やめてください!」

「きゅう!」


 エフィニアがそう叫んだのと同時に、堪えきれなくなったのか幼竜が悲鳴を上げる。

 そして、それと同時に彼の変化が解かれた。


「え……?」

「な……?」


 驚きのあまり、グレンディルが小さな体を取り落とす。

 そのままべしょっと地面に落ち、尻もちをついたのは……3歳ほどの幼い少年だった。

 何よりも目を引くのはその姿だ。

 ……彼は、そっくりそのまま皇帝グレンディルを幼くしたような容姿をしていたのだから。


「ふぇ……」


 こちらを見上げる瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。

 彼はエフィニアと視線が合うと、勢いよく抱き着いてきた。


「パパやだ! こわい!」


 幼い少年がそう叫んだ瞬間、その場の空気が凍り付いたのがわかった。


「…………へぇ」


 エフィニアの喉から出てきたのは、自分でもこんな声が出せたのかと驚くくらいの地を這うような低い声だった。


「なるほど、そういうことだったんですね」


 今の言葉で、すべて理解した。

 いまだに放心したままのグレンディルへ、エフィニアは最大限の侮蔑を込めて告げる。


「ご安心ください、陛下。すべて理解いたしましたわ。……まさか陛下に隠し子がいらっしゃったなんて、存じ上げませんでしたけど!」


 エフィニアの言葉を聞いたグレンディルは、まるでこの世の終わりだとでもいうような顔をしていた。

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