番外編 竜皇陛下、妖精王女の兄に遭遇する
「初めまして皇帝陛下、エフィニアの兄のカロンと申します」
「…………あぁ」
キラキラと目を輝かせ見上げてくる相手に、グレンディルは珍しく戸惑っていた。
数か月ぶりにエフィニアが戻って来て数時間後。後宮の様子を見に行った彼女とは入れ違いに、やって来たのは彼女の兄だった。
仮にも好意を寄せる相手の兄との初対面である。
傍目にはわからずとも緊張を滲ませて対面に望んだのだが……一目で、グレンディルは度肝を抜かれてしまった。
うっかりグレンディルは相手がエフィニアと同じく妖精族だということを失念していた。
相対した想い人の兄は……せいぜい11~12歳くらいの少年にしか見えなかったのだ!
従属国とはいえ一国の王子だとわかっていても、ついつい毒気が抜かれてしまう。
「妹から話を聞き、もっと早くお会いしたいと思っていたのですが……遅くなってしまい大変申し訳ございません」
「いや、遠路はるばるよくぞ参られた。そなたの来訪を歓迎しよう。ゆるりとくつろぐがいい。それで……」
グレンディルは声を潜めると、きょとんと大きな目を瞬かせるエフィニアの兄――カロンに問いかける。
「エフィニア姫は、俺のことをどのように話していた?」
グレンディルがそう口に出した途端、謁見の間の隅に控えていた官吏の表情が引きつった。
まさか泣く子も黙る冷血皇帝が、想い人の家族にそんな思春期の少年のような質問を(しかも当のエフィニアに隠れて)するとは思わなかったのである。
カロンはその質問にぽかんとしていたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「あぁ、エフィニアですね。最初は黙っていましたが、久々の『エフィニアちゃんおかえりパーティー』で酔わせたらべらべら話してくれましたよ」
「それで、姫はなんと……」
「えっと、確か最初は……傲慢で態度がでかくて不遜なザ・竜族って感じの方だって言ってましたよ。あっ、これはあくまでエフィニアがそう言ってただけで僕がそう思ってるっていうわけじゃないですからね!」
「…………そうか」
予想はしていたが、散々な評価にグレンディルは静かに落ち込んだ。
まぁ、もとはといえば身から出た錆だ。
初めて会った時はいきなり噛みついて、そのことを追及されると照れ隠しに「あんな子どもみたいなのが俺の番とは心外だ」みたいなことを口走ってしまった。
エフィニアの心証が最悪なのもある意味に納得なのだが……。
少しは挽回できたと思っていたのも、単なる勘違いだったのだろうか。
ずーんと落ち込むグレンディルに気づいているのかいないのか、カロンは大きな目をいたずらっぽく瞬かせた。
その仕草が妹によく似ているな……とぼんやり考えるグレンディルに向かって、彼はおかしそうに口を開く。
「それで僕たちも『それは災難だったね』とか『皇帝の座に就くのに人格は関係ないんだね』とか話してたんですけど……そしたら急にエフィニアが怒りだして」
「怒り出した……のか?」
「えぇ、『皇帝陛下を馬鹿にしないで!』って酒瓶を振り回して怒ったんですよ」
「……ん?」
「『グレン様は一見冷たく見えるけどちょっと抜けてるところがあるし、わかりにくいけど帝国や他の国のことも考えてるし、最近は後宮のことも考えてくれるようになったし、めちゃくちゃ強くて頼りになるんだから!!』って酔っぱらいながら激怒してたんですよ」
想い人の兄がおかしそうに口にした内容に、グレンディルは呆気に取られてしまった。
酒瓶を振り回した、という点も気になるところではあるが、それより気にかかるのはその内容だ。
エフィニアが自分のことをそんな風に言っていたなんて……駄目だ、少しでも気を抜けばにやけてしまいそうだ。
「お兄様!!」
その時、焦った声と共に謁見の間の扉が大きな音を立てて開く。
その向こうには、息を切らせて顔を真っ赤にしたエフィニアがいた。
「皇宮に着いたらまず私に連絡するように言ったじゃない! なんで勝手に陛下に謁見してるのよ!!」
「いいじゃないかエフィニア。僕と陛下はじきに義兄弟になるんだから」
「気が早……じゃなくて! 何か陛下に失礼なことは言ってないでしょうね!?」
ぷりぷり起こりながら大股で(それでもグレンディルの通常の歩幅よりはよほど小さいが)エフィニアは足早にこちらへやって来る。
「……陛下、兄が失礼いたしました。その……彼が何か変なことを口走ったとしても、すべて虚言ですので! 真に受けることがなきように!!」
「えぇ~、ひどいなエフィニア。君が小さい頃の可愛らしいエピソードを陛下に披露していたところだったのに」
「なっ!?」
途端に長い耳の先っぽまで赤くなったエフィニアに、カロンはけらけらと笑う。
「嘘だよ。陛下、エフィニアの可愛いエピソードについてはまたいつかお話させてくださいね」
「あぁ、楽しみにしている」
「もう、陛下まで乗らないでください! お兄様も、ここは帝都なのでいつまでも田舎気分ではいられないのよ! フィレンツィアでは許されたとことだって、ここでは大変なマナー違反だったりするんだから……それでは陛下、いったん兄に礼儀を叩きこむので失礼いたしますわ」
兄を引きずるようにして退室するエフィニアの背を眺めながら、グレンディルは口元に笑みを浮かべた。
控えていた者たちは「あれは次の侵略先を探している邪悪な笑みだ!」と震えあがったが……。
その実、「どうやってエフィニアの目を盗んで、彼女の兄に妹の可愛いエピソードを教えてもらおうか」と考えていただけなのである。




