7 妖精王女、後宮ライフをスタートさせる
「はぁ~、今日もいい天気ね」
エフィニアが後宮にやって来て数日、初日のようなあからさまな嫌がらせはない。
ひとまずは何事もなく暮らせているのだが……。
(……また、来てるわね)
のんびり花畑に水を遣りながらも、エフィニアはちらりと遠くへ視線を走らせた。
エフィニアの屋敷は後宮の端に位置し、周囲には林などが広がっており他の妃の邸宅はない。
だが林の中の木陰から……後宮の侍女と思わしき装いの者がじっとこちらを偵察していた。
一度声を掛けようとしたら逃げられたので、こうして放置しているのだが……やはり良い気はしない。
(あの女官長みたいに、他の側室が私を警戒しているのかしら……? まったく、私はただおとなしくしてるだけなのに)
エフィニアは皇帝グレンディルの運命の番……であるらしい。
未だにエフィニアにはまったく自覚はないのだが、どうやらそういうことであるらしいのだ。
竜族にとって運命の番とは、かなり特別な存在のようだ。
だから他の側室がグレンディルの運命の番であるエフィニアを警戒するのも、理屈としてはわかるのだが……どうにも納得できない。
(運命の番って言っても、あの人は私のことを「あんな子供は心外だ」なんて言ったのよ!? それなのに女官長には嫌がらせをされるし他の側室には警戒されて見張られるし……私が何をしたって言うのよ!)
エフィニアはなにも「運命の番」という立場を濫用したりはしていない。
ただ与えられた屋敷で、慎ましく暮らしているだけなのだ。
それなのに、こうも警戒されるとは……。
全部あの皇帝のせいだわ……とぷりぷりしながら、エフィニアはこちらを警戒する視線を無視して屋敷の中へと引っ込んだ。
一晩で外装を綺麗にリフォームした屋敷だが、まだまだ屋敷内は手を加える必要がある場所も多い。
『ムゥ~』
屋敷内では、ハムスターの姿をした物作りが得意な精霊――レプラコーンが楽しそうに働いている。
屋敷内に転がっていたがれきや廃材を利用して、エフィニアに合わせた家具やインテリアを作ってくれているのだ。
「いつもありがとう。クッキーを焼いたから食べてね」
『ムムー!!』
エフィニア自ら厨房で焼いたクッキーを持ってくると、レプラコーンたちは嬉しそうにわらわらと集まって来た。
(精霊の力を借りれば、最低限の自給自足は可能ね)
エフィニアの召喚する精霊の中には、作物の成長を著しく早め、ほぼ一日で収穫可能にできるものもいる。
畑や温室を駆使すれば十分食べていけるのだが……それでもエフィニアは憤らずにはいられない。
(私だから何とかなるけど、側室に食事も出さないってどういうこと!? 職務怠慢だわ!)
あの女官長のしたり顔を思い出し、エフィニアはぐぎぎ……と歯噛みした。
ほぼ強制的に後宮に入れておいて、ろくに寝起きできる場所も食事も与えないとは。
これは、帝国の威信にかかわる問題ではないだろうか。
(もう少し内情を探って……直訴してやってもいいかもしれないわね)
女官長やエフィニアを敵視する側室と正面切って事を構えるには、エフィニアはこの後宮について何も知らな過ぎた。
半端な情報で打って出ても、握りつぶされてしまうかもしれない。
「情報収集が、必要ね……」
まずは敵の正体やこの後宮という場所について探らねばならない。
それに……この後宮は数多の高貴な姫君が暮らす場所。きっと大陸中から選りすぐりの料理人が集められているはずである。
……少しは、その恩恵にあやかりたいのだ。