69 妖精王女、けじめをつける
エフィニアを始めとする側室への傷害及び殺害未遂。
次から次へと芋づる式に出てくる余罪を、意外なことにミセリアはあっさり自らが指示したと認めた。
裁判の場で久方ぶりに顔を付き合わせた彼女は、まるで憑き物が落ちたかのようにすっきりとした顔をしていた。
そのことに、エフィニアは驚いたものである。
だが、それ以上に驚いたのが……。
「まさか、ミセリア様が自ら兵役を志願なさるなんて」
彼女の重すぎる罪をどうあがなうかは、随分と意見が割れた。
処刑か、幽閉か、金を積むか……だが、ミセリアが選んだのは危険地帯への兵役という予想もつかない道だった。
なんでも古来から竜族は、罪を犯した者を戦場に送り危険任務に当たらせていたという。
いかにも戦闘民族らしい考え方だと、エフィニアは少し感心したものである。
大陸は帝国によって統一され、一応は平和を保っている。
だが帝国は、海を越えた先にある強力な魔獣が闊歩する大地――通称「未踏大陸」の調査を進めており、ミセリアは調査隊の最前線へ赴くことになった。
常に危険な魔獣の襲撃に晒され、未知の環境でのサバイバルが求められる過酷な役目である。
エフィニアはミセリアのようにプライドの高い姫であれば、かえって死を選ぶのではないかと思っていたので少しだけほっとした。
妖精族は無駄な殺生を嫌っている。
ミセリアには随分と煮え湯を飲まされたが、彼女にはしっかりと生きて罪を償ってほしかったのだ。
旧・ミセリア派の中には、ミセリアの決断に心酔し彼女と共に未踏大陸に赴く者もいれば、こそこそと後宮を去るもの、ころっと鞍替えしてエフィニアに媚を売ってくる者もいた。
もちろんエフィニアは相手にしなかったが、これによって後宮の様相は大きく変わったものである。
ミセリアが旅立つ日、エフィニアはわざわざ彼女を見送りに出た。
ミセリアはエフィニアがやって来たのを見て顔をしかめたが、すぐにツン、と取り澄ましたような表情に戻る。
そんな彼女に、エフィニアはそっと声を掛けた。
「ミセリア様がいなくなって、後宮は随分と静かになりましたわ」
「……何それ、嫌味かしら」
「その通りです」
「あなた……見た目に似合わずにいい性格してるわね。前から思ってたけど」
「それはお互い様でしょう?」
エフィニアが微笑むと、ミセリアのこめかみがぴくぴくと苛立ったように動いた。
彼女には散々迷惑をかけられたので、このくらいの意趣返しは甘んじて受け入れて欲しいものだと、エフィニアは笑う。
「……何故、危険な場所へ赴くことを選択されたのですか」
無視されることも想定していた。
だがミセリアは、意外にもあっさりと答えを教えてくれた。
「わたくし、世界の頂点に立ちたいの」
「はい?」
「最初は皇后の地位についてやろうと思ってたわ。でも、よく考えれば面倒なのよね。だから……どうせなら帝位を頂くことにしたのよ。皇后ではなく、皇帝を目指すことにしたわ」
「え?」
「今のままではグレンディル陛下に敵わないことがわかったわ。だから、更なる強さを手に入れて凱旋を果たすつもりよ」
「え、え?」
「首を洗って待っていなさいと、陛下に伝えて頂戴」
それだけ言い残すと、ミセリアは彼女と運命を共にすることを選んだ取り巻きたちを連れて、エフィニアのもとを去っていった。
呆然とその背中を見送り、エフィニアは呟く。
「ほっっっんと、竜族って意味が分からないわ!」
だが、この場所での経験を経て、エフィニアにもわかったことがある。
竜族は……意外と脳筋気味の種族だ。
ミセリアも、その例に漏れなかったということだろう。
「異種族コミュニケーションって、思ったより難しいのね……」
乾いた笑いを漏らしながら、エフィニアも踵を返しその場を後にした。
◇◇◇
「いや~、さすがは聡明なエフィニア王女! あのミセリア様を追っ払うなんて! 賢いエフィニア様ならおわかりでしょう? 私めは、あの性悪女に脅されていたのです!!」
ぺらぺらとよく回る口だ……などと想いながら、エフィニアは必死に媚を売る女官長を眺めていた。
ミセリアが失脚してすぐに、女官長は態度を180度変えてエフィニアに媚を売り出したのだ。
曰く、自分はミセリアに脅されていただけで、今までの数々の嫌がらせは本意ではなかった。
もちろん、聡明なエフィニア王女なら助けてくれるでしょう?……と。
エフィニアは否定も肯定もせずに、ただのんびりと屋敷を掃除をしていた。
別に女官長を招いたつもりはなく、ただ換気のために扉を開けていたら入って来たのである。
「……そろそろかしら」
ぽつりとそう呟くと、過剰に反応した女官長が縋るような目をこちらに向ける。
「えぇ、お優しいエフィニア王女ならそうおっしゃってくださると信じておりました! これだけ謝っているのだから、そろそろ許して下さ――」
言葉の途中で、来客を知らせるベルが鳴る。
エフィニアがエントランスへ向かおうとすると、すかさず点数を稼ごうとした女官長が走り出した。
「私が見て参りましょう!」
シュババッと走り出した女官長が、勢いよくエントランスの扉を開ける。
だが次の瞬間、彼女の表情は凍り付いた。
「女官長か、久しいな。査問会以来か?」
「こ、皇帝陛下……? なぜ、こちらに……」
扉の向こうに立っていたのは、この後宮の主――グレンディルその人だったのだ。
その姿を見た途端、女官長の顔色がさっと青ざめた。
「女官長の居場所を聞いたら、ここに来ているとのことだったのでな」
「そ、そうです! エフィニア様が快く迎えてくださったのですよ!!」
エフィニアがエントランスに到着した時は、蒼白になった女官長がなにやら早口で皇帝にまくしたてているところだった。
「御機嫌よう、陛下」
「エフィニア姫、急に済まなかったな。君も気になっていただろう。査問会の結果が出た」
「まぁ!」
「査問会」の言葉が出た途端、女官長が顔を引きつらせた。
その様子を横目で見ながら、エフィニアは優雅に微笑む。
ミセリアの件が一段落してしばらく、エフィニアは今までの女官長の不正の証拠を集め、報告書にまとめ皇帝に提出した。
その結果、女官長に対する査問会が開かれ、彼女の様々な悪事は明るみになったのだった。
職務怠慢、横領、越権行為……まさに「小悪党」と呼ぶのにふさわしい、みみっちい悪事の数々であった。
女官長自身は「すべてミセリアの指示で自分は逆らえなかった」という主張を崩さないが……個々の不正を見ていけば、ミセリアに関係なく彼女が独自で行ったと思わしきものも少なくはなかった。
今日は、その査問会の結果が知らされる日でもある。
「陛下、この通り今のわたくしは誠心誠意エフィニア王女にお仕えしております。ですから、どうぞ温情を――」
「そうか。ではこれを」
女官長の目の前に、皇帝が一枚の紙をぶら下げた。
エフィニアにも、でかでかと冒頭に記されている文字が良く見える。
――『解雇通知書』
その文字を見た途端、青ざめていた女官長の顔は更に真っ白になってしまった。
「な、なな……そんなわけが……何かの間違いです! 陛下! もう一度きちんと調査していただければ――」
「解雇日は本日より30日後だ。不服がある場合は10日以内に人事院に申し立てるように」
言い縋る女官長に、グレンディルはそっけなくそう告げただけだった。
これ以上何を言っても無駄だと悟ったのだろう。
女官長はへなへなとその場に崩れ落ちた。
「法にのっとった解雇通知ですわね、皇帝陛下」
いつぞやの、女官長がイオネラに突きつけたようなでたらめな解雇じゃない。
きちんと帝国法に定められた手続きにのっとった、模範的な解雇である。
にっこりと笑うエフィニアに、グレンディルも口元を緩める。
だがすぐにエフィニアの背後の屋敷の様子に気づいて、彼は切なげに眉を寄せた。
「……行くのか」
「えぇ、準備が整いましたので。……明日、出立いたします」
その言葉を聞いて、グレンディルはぐるりと屋敷内を見回した。
エフィニアの帰国の準備が整い、随分と寂しくなった屋敷を。




