65 竜皇陛下、堂々と恥ずかしい台詞を口にする
「……失礼いたしました、陛下、エフィニア様。エフィニア様はあのような被害に遭われたばかりなのです。このような場に引きずり出すのは酷ですわ」
言葉だけを聞けば、エフィニアの身を気遣っているようにも聞こえる。
……エフィニアを襲わせた容疑者(仮)の口から出ている言葉だと言うことを、忘れてはいけないが。
「私は大丈夫」とエフィニアは言おうしたが、それより先にグレンディルが口を開いた。
「心配は有難いが、俺がハニーと離れたくないんだ。また俺のいない隙に、ハニーが危険な目に遭うかと思うと公務もままならない。しばらくはこのスタイルで行こうと思う」
いつも通り無表情で、グレンディルはとんでもないことを言いだした。
部屋の隅に控える官吏の何人かが、自分の耳が正常かどうか確かめているのがエフィニアの視界に入る。
「……そう、ですの」
ミセリアの微笑みが固まる。
彼女はギリ……と奥歯を噛みしめ、憎々しげにエフィニアを睨んでいた。
「……わたくし、皇帝陛下がご寵愛なさっているのはエフィニア様ではなく、他の方だとお伺いしておりましたが……やはり『運命の番』の習性には逆らえないのですね」
「ミセリア! 口を慎みなさい! 皇帝陛下の御前だぞ!!」
ファルサ公爵が慌てたように注意したが、ミセリアは止まらない。
その様子を見て、エフィニアは悟った。
(あぁ、この方はきっと……)
今まで、ミセリアの思い通りにならないことなど何もなかったのだろう。
彼女が何かを望めば、すぐに周囲の者が望みを叶えてきた。
だから、きっと彼女は……自分の思い通りにならない時の、感情の抑え方を知らないのだ。
(私も王女だけど……思い通りにならないことだらけだったわ。おやつの取り分で兄さまや姉さまと喧嘩することなんて日常茶飯事だったし……)
エフィニアがそんな風に過去の思い出に浸っている間にも、どんどんと事態は進んでいく。
「ハニーを失いかけて初めて、俺は彼女を何よりも大切に想っていることに気づいた。今は『運命の番』という関係を越えて、彼女に惹かれている」
「……それはまやかしです、陛下。あなたはただ、『運命の番』という呪いに惑わされているだけですわ。そうでなければ……何故強くも美しくもない片田舎の王女などに心奪われましょうか……!」
「ミセリア! 落ち着きなさい!」
グレンディルはさも「最愛の番です」とでもいうようにエフィニアを抱き寄せ、ミセリアを挑発する。
怒りで周りが見えなくなったミセリアは、見事に彼の挑発に引っかかってしまったようだ。
「……誰かを好きになるのに、理由がいるのか?」
穏やかな笑みを浮かべてグレンディルはそう言い放つ。
その言葉が、最後の引き金を引いてしまったのかもしれない。
「……そうですか、わかりました」
顔を上げたミセリアからは、不気味なほど表情が抜け落ちていた。
かと思うと、彼女は一歩足を踏み出し、ダン!と強く床を踏みつけ叫んだ。
「ならば……その番とやらを消し去って、わたくしが目を覚まして差し上げましょう!!」
ミセリアの立っている場所から、凄まじい熱風が吹き付ける。
固唾を飲んで状況を見守っていたエフィニアも、思わず目を瞑ってしまった。
そして、目を開けると……。
「っ……!」
そこには、美しい真紅の体躯を持つ巨大なドラゴンがいた。




