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62 竜皇陛下、静かにキレる

 


「……陛下、わたくしは彼女におびき出され、結界に閉じ込められ魔獣に襲われました。しかしながらその時のアルマ様の態度を見るに、彼女は主犯に脅されていたものと考えます。ですから、彼女に話を――」

「あぁ、俺が直接聞いた」


 その言葉に、エフィニアは驚きに目を見開いた。

 まさか、「後宮なんてどうでもいい」というような態度を隠しもしなかった皇帝直々に、後宮内の派閥争いの調査を行うなんて!


(……そうよね。禍根の芽を残しておけば、いずれ寵姫様が害される可能性もあるのだから)


 だから愛する寵姫に被害が及ばないうちに、真犯人を捕まえておきたかったのだろう。

 そう思うと少しむかむかしたが、エフィニアは小さく咳ばらいをして問いかける。


「……それで、結果は」

「俺の庇護下にいる限りは決して手出しをさせないので、真実を話して欲しいと伝え……信を得るのに3日かかった」

「身から出た錆ですね」


 今までまったく後宮の事情を顧みなかったのだ。

 いきなり「信じてくれ」と言われても、警戒して当然だろう。

 むしろ、たった3日で話してくれたのが驚きだ。


「うぐっ……とにかく、主犯とされる人物の特定はできたんだ」

「……その人物は」


 グレンディルとエフィニアの視線が合う。

 そして、二人同時に口を開いた。


「「ミセリア・ファルサ」」


 グレンディルが驚いたように目を丸くしたのを見て、エフィニアはくすりと笑う。


「ふふ、やはり彼女でしたのね」

「……知っていたのか?」

「そりゃあまぁ、あんなにわかりやすく悪役ムーブをされれば、嫌でも候補には上がりますわ」


 エフィニアに敵意を持っているという意味ではレオノール王女も考えられるが、彼女はこういったこそこそした手段は取らないだろうという確信があった。

 レオノールは猪突猛進の獅子姫。エフィニアに文句があるなら、わざわざ捨て駒を使って魔獣に襲わせるなんてまどろっこしい手は使わないで、自ら襲撃してきそうなものだ。

 エフィニアはミセリアが黒幕であると確信していたが、グレンディルはそうではなかったようだ。


「……しかし、今のところファルサ公爵令嬢が黒だと示すのはアルマ嬢の証言しかない。俺も、今でも信じられないくらいだ」

「…………え?」

「ファルサ公爵家といえば、古くから続く名家だ。ミセリア嬢も、そんなことを仕出かす人物には見えなかったのだが……」

「ハァ?」


 エフィニアは思いっきり表情を歪めてしまった。

 話を聞けば、グレンディル自身はミセリアと親しいわけではないが、品行方正な淑女の中の淑女と名高い……との噂を耳にしていたらしい。


(後宮の中と外では、これほどまでに見え方が違うのね……)


 ミセリアがとんでもないご令嬢だというのは、後宮内の者であれば誰でも知っていることだ。

 エフィニアはあらためて、グレンディルの無関心っぷりに呆れてしまった。


「……陛下、お言葉ですがミセリア様の危うさは後宮に出入りしていればとうに看破できていたはずです」

「…………あぁ、済まなかった」

「前にもお伝えしましたけど、もっと後宮の内部に関心を持ってください。……大切な寵姫様がいらっしゃるのでしょう?」


 そう問いかけると、グレンディルは強く頷いた。


「……あぁ、そうだ。もうこれ以上好き勝手はさせない」


 こちらを見つめるグレンディルの瞳は、強い決意を秘めていた。

 ……大丈夫、彼は正しい方向に向かおうとしている。

 少し安堵を覚えながら、エフィニアはそっと問いかける。


「ファルサ公爵家は帝国の名家と聞いております。アルマ様の証言しか彼女が黒幕だという証拠はない中で、どうなさるおつもりですか?」

「ファルサ公爵及びミセリア嬢を皇帝の勅令で皇宮に呼んでいる。そこで話を聞く」

「まさか、素直に自白するとでも思っていらっしゃるのですか?」

「……させるさ、どんな手を使ってでも裁きを下す」


 ぼそりとそう呟いたグレンディルの金色の瞳が剣呑な色を宿す。

 突き刺すような殺気を感じ、エフィニアは思わずぞくりとしてしまった。

 エフィニアの背後に控え、事の成り行きを見守っていたイオネラも、「ヒッ!」と悲鳴を上げた。


(……彼は、本気なのね)


 冷静に見えるが、彼は内心に燃えるような怒りを抱いているのだ。

 ミセリアはグレンディルの大切な寵姫を傷つけかねない存在。

 彼女は……竜皇の逆鱗に触れてしまったのだろう。


 逆らう者は容赦なく焼き払う「冷血皇帝」――。

 その怒りに触れたミセリアは、いったいどうなってしまうのだろうか。


(まぁ、同情なんてしませんけどね)


 エフィニアは足に力を入れ、すくっと立ち上がった。


「わかりました、ではわたくしも参ります」

「……? どこに行くつもりなんだ」

「もちろん、ミセリア様の詰問の場ですわ」


 にっこり笑ってそう告げると、グレンディルは面食らったような顔をした。


「……冗談を言うな。君はミセリアの直接の被害者だ。顔など合わせなくとも――」

「直接の被害者だからこそ、一言二言申し上げないとわたくしの気が済まないのです!」


 たとえこの後ミセリアが竜皇に処断されたとしても、エフィニアの胸にはなんとなくもやもやしたものが残ってしまう。

 ミセリアに直接会ってガツンと言ってやらなければ、このもやもやは晴れないのだ。

 そう熱弁すると、グレンディルはふっと笑った。


「君には見た目と違い勇ましいな」

「人を見た目で判断するなど愚の骨頂です。わたくしこれでも、立派な大人ですので!」


 グレンディルは感心したように腕を組み、静かに呟いた。


「承知した、同行を許可しよう」

「光栄ですわ、陛下」


 そのまま歩き出そうとしたエフィニアを見て、イオネラが慌てたように止めに入ってくる。


「エフィニア様! 3日も寝ていたのに無茶です!」

「歩けるから大丈夫よ。それに、こんな時におとなしく寝てなんていられないわ」


 倦怠感があり、まるで筋肉痛のように全身が痛むが、歩けないほどじゃない。

 とにかく、ミセリアを追い詰める絶好の機会を逃したくはなかった。


「でも、ミセリア嬢に自白させる策はあるんですか? 推定無罪の公爵家のご令嬢に拷問なんて、現段階では無理だぞ」


 勇ましく医務室を飛び出そうとしたエフィニアとグレンディルに、クラヴィスが声を掛ける。

 その声を聞き、二人は同時に振り返った。


「……陛下、何か策は」

「力づくで口を割らせる」

「だからそれが駄目なんだって。相手は戦場のスパイじゃねーんだぞ。今までのやり方が通用すると思うなよ」


 クラヴィスに口酸っぱく注意され、グレンディルは考え込むように眉を寄せた。

 その様子に、エフィニアは今まで彼がどんな人生を送って来たのかを垣間見たような気がして、乾いた笑いを漏らす。


(……本当に、この方と戦火を交えるようなことにならなくてよかったわ)


 グレンディルは怜悧な見た目を裏切るように、案外脳筋で力押しな性格なのかもしれない。

 そんなことを考えるエフィニアの前で、クラヴィスがにやりと笑う。


「俺、いいこと思いついちゃったんですよね。おそらくミセリア嬢みたいなプライドの高いお嬢様にはよぉく効くと思うんですけど……」

「もったいぶらないで早く言え」


 イラついたようなグレンディルの言葉に、クラヴィスはゆっくりと口を開いた。


「陛下とエフィニア姫のお二人で――」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 黒幕はやっぱりミセリアでしたか!たしかにレオノールは正々堂々やりそうですよね。 陛下はどうやって罪を暴くのかなと思ってたら、力技でいく感じだったんですね笑 クラヴィスが何か閃いたようですが…
[一言] これは…自分が寵妃だと理解するチャンス? きっと…無自覚にスルーするんだろうが…(笑)
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