61 妖精王女、目覚める
「うわぁぁぁん、エフィニアさまあぁぁぁ!! 目を覚ましてくださいぃぃぃ!!」
「おい、落ち着けってうさちゃん。医師の見立てだとじきに目を覚ますって――」
「うええぇぇぇん! エフィニア様死んじゃやだぁぁぁ!!」
「こりゃだめだ」
……うるさい。うるさすぎる。
深い眠りに入っていたところだというのに、枕元でギャーギャー騒がれ、エフィニアは最悪の気分で目を覚ました。
「ったく……うるさいわね」
重いまぶたを開き、身を起こそうとしたところで……急に全身が痛んでエフィニアはうめき声をあげてしまった。
「うぐぅ!」
「エフィニアさまあぁぁぁぁ!!
更にはものすごい勢いでイオネラに抱き着かれ、一瞬再び意識を失いそうになってしまう。
なんとかイオネラを押し返そうとしていると、近くにいたクラヴィスが、むんず、とイオネラのうさ耳を鷲掴みにして引き離した。
「キエェェェェ! 耳に触るのはやめてください! 急所なんです!!」
「おっ、この手触りは中々……」
「うえぇぇぇん、なんで竜族の方は人の言うことを聞いてくれないんですか! ドラハラです!!」
「まったく……寝起きからつまらないコントはやめてちょうだい」
鉛のように重い体を起こし、エフィニアはそこでやっと違和感に気づいた。
「ここは……」
目が覚めたばかりだというのに、ここはエフィニアの住む後宮の屋敷ではない。
きょろきょろと周囲を見回すエフィニアの疑問に答えるように、イオネラをつついて遊んでいたクラヴィスが教えてくれる。
「あぁ、ここは皇宮の医務室」
「そういえば……最初に皇帝に謁見した時もここに運び込まれたような……」
ぼんやりしていたエフィニアは、はっと今の状況を思い出す。
「ちょっと待て、私……狩猟大会の最中に――」
側室のアルマに呼び出され、ついていったら罠にはまって蜘蛛の魔獣に殺されかけた。
そこを、幼竜クロに助けられ――。
「狩猟大会は!? どうなったの!!?」
「いろいろあって中止。ちなみに今日は狩猟大会から3日後な」
「えぇっ!!?」
どうやらエフィニアは3日も眠ったままだったらしい。
それも無理はない。ほとんど自分の中の力を使い果たしかけていたのだ。
むしろ、3日で目覚められただけ運がよかった方だろう。
「……アルマ様は、どうなったの」
静かにそう尋ねると、クラヴィスはすっと目を細めた。
「……どうなったと思う?」
……その反応から、おそらく彼女がエフィニアを誘いだしたことはクラヴィスに――おそらくは皇帝グレンディルにも知られているのだろうということがわかった。
「……彼女は貴重な証人よ。きちんと保護してもらわなければ困るわ」
はっきりとそう告げると、クラヴィスはにやりと笑う。
「あはは、ちゃんと手出しできないように隔離してあるから安心してくださいよ」
クラヴィスがそう言ったのと同時に、廊下から急ぐような足音が聞こえてくる。
すぐにノックもなしに医務室の扉が開き、姿を現したのは……。
「皇帝陛下……」
「っ……!」
扉の向こうのグレンディルは、エフィニアが目覚めているのに驚いたのか、珍しく目を丸くしている。
やがて彼は一歩一歩ゆっくりとエフィニアの方へと近づいてきた。
そしてエフィニアが身を起こしたベッドの前で立ち止まると、重々しく口を開いた。
「……大事は、ないか」
こちらを見つめる彼の瞳にありありと心配の色が見えたので、エフィニアは安心させるように微笑んで見せる。
「全身がひどくだるいのですが、それだけですわ」
無意識に、グレンディルの手がエフィニアの方へと伸ばされる。
だが彼の指先がエフィニアの肩の辺りに触れる寸前で、躊躇するようにぴたりと止まってしまった。
エフィニアは不思議に思い、グレンディルを見上げる。
彼はまるで触れてしまったらエフィニアが壊れてしまうのではないかともいうように、どこかためらうような顔をしていた。
(まったく、私はそんなに弱くはないのよ)
エフィニアはくすりと笑い、そっとグレンディルの指先を握ってやる。
「ご安心ください、陛下。わたくしはピンピンしておりますので」
胸を張ってそう告げると、グレンディルがほっと息をつく。
そんなグレンディルを見て、クラヴィスはにやにや笑いながら口を出してきた。
「いやいや、姫が寝てる間大変だったんですよ? 意識を失った姫を見つけた陛下が大荒れでそこら中に雷を落としまくるし、なんやかんやで大会は中止になるし……」
「えっ、陛下がわたくしを見つけてくださったのですか?」
そう問いかけると、クラヴィスは明らかに「しまった!」とでもいうような表情になった。
「いや、それがその……」
「あぁ……俺が倒れていた君を見つけ、治療のためここに連れてきたんだ」
「私と一緒にいた竜は!? まさかひどいことはしてませんよね!!?」
あの竜はエフィニアを助けてくれたのだが、その場面を第三者が見れば竜がエフィニアを襲ったかのように見えなくもない。
前のめりにそう詰問すると、グレンディルは静かに口を開く。
「……安心していい。あの黒い竜なら、無事に元居た場所に戻っている」
「よかった……」
エフィニアは安堵に胸をなでおろした。
「それにしても……竜って自由自在に自分の大きさを変えられるのですか?」
「…………竜の生態は複雑だ。そのような能力を持っていてもおかしくはない」
「うーん……」
(クロが私を助けるために大きくなってくれたのよね? それともまさか、元からあの大きさだったとか……?)
今まで幼い竜だと思って可愛がっていたが、実はエフィニアを助けてくれた時の立派な姿がクロの真の姿なのかもしれない。
(また……会えるよね? 今度会ったら聞いてみようかしら)
クロが無事ならそれでいい。
今はそれよりも、気になることがある。
 




