6 妖精王女、女官長の度肝を抜く
翌朝、女官長はウキウキと足取りも軽く後宮を闊歩していた。
目指すのはあの生意気な新米側室――エフィニアの元である。
片田舎の小国の王女の癖に、後宮を仕切る女官長たる己に立てつくとは片腹痛い。
幸いにも運命の番だからと言って、グレンディル帝にはあの小さな妖精王女を寵愛する様子はないようだ。
……栄えある皇后の座に、あんなちんくしゃな小娘が就こうなどとは許せるはずがない。
皇后の座にふさわしい者は他にいる。だから今は、あの小娘を完膚なきまでに叩きのめし、支配下に置いておかなければ。
エフィニアに割り当てたのは、もう長い間誰も足を踏み入れていない廃墟だ。
もちろん、あんな場所に蝶よ花よと慈しまれた姫君が住めるはずがない。
さすがにあの生意気な小娘も、一晩あの場で過ごし頭も冷えただろう。
泣きついて許しを請えば、少しだけまともな住居を用意してやってもいい。
そう、思っていたのだが……。
「な、なんですかこれは……!」
ボロ屋敷があった場所にたどり着いた女官長は、己の目を疑った。
確かに昨日までは、朽ちかけた屋敷がそこにあったはずだ。
だが今目に映るのは、昨夜とはまったく違う光景だった。
ボロボロに朽ちかけていた壁や屋根は綺麗に補修され、まるで新居のように美しい佇まいを見せている。
薄気味悪く屋敷中に巻き付いていた蔓は色とりどりの花を咲かせ、まさしく妖精の姫の住処にふさわしい華やかな装飾となっていた。
温室や窓にはガラスが綺麗にはまっており、光の加減によりさまざまに色を変え、幻想的に輝いている。
雑草が生い茂っていた屋敷周辺の土地には、綺麗に畑や庭が整備され、見たこともない精霊や幻獣が遊びまわっていた。
……これは、何かの間違いではないのか。
目の前の光景が信じられず、ぽかんと口を開ける女官長の耳に、鈴を転がすような声が飛び込んでくる。
「御機嫌よう、女官長。爽やかな朝ね」
ゆっくりとエントランスの扉を開け階段を下りてくるのは、あの生意気な側室――エフィニアだった。
一晩あばら家で過ごしたとは思えないほど肌や髪にも艶があり、表情もはつらつとしている。
そんなエフィニアはこの光景にも驚くことなく、悠々とこちらへ近づいてくる。
「とても素敵なお屋敷ね、感謝するわ。ほんの少しだけ、私の住みやすいように改修させてもらったけど……問題ないでしょう?」
そう言って挑戦的に笑うエフィニアに、女官長は歯噛みした。
エフィニアにこの屋敷を与えたのは他でもない女官長だ。
屋敷を維持、管理するのは女主人たる側室の仕事である。
エフィニアがこの邸宅の所有者となった以上、度を越えて予算を食いつぶすなどの失態がない限り、女官であっても口を挟めはしない。
そして……エフィニアは後宮の予算に手を着けてはいない。
このこまっしゃくれた小娘は、何らかの手段を使い己の力のみでこの屋敷を改修してみせたのだ!
「せっかくお越しいただいたんですもの、中でお茶でもいかが?」
余裕の笑みを浮かべてそう口にするエフィニアに、女官長は奥歯を噛みしめて礼をした。
……これ以上、彼女のペースに飲まれてはいけない。
ここは、ひとまず退散するべきだろう。
「……申し訳ございません。次の予定が入っておりますゆえ、辞退させていただきます」
「あら、そうなの? 残念だわ。あなたにはとぉってもお世話になったんだもの」
「……失礼いたします」
顔を真っ赤にしてぶるぶると怒りに打ち震えながら、女官長は足早にその場を立ち去った。
その背中を見送り、エフィニアはにんまりと勝利の笑みを浮かべるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
エフィニアVS女官長第一回戦、エフィニアの勝利です!
ここから徐々に味方も増えてにぎやかになっていく予定なので、続きもお楽しみいただけましたら幸いです。
ちっちゃな竜も出てきます!
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