57 妖精王女、狩猟大会を楽しむ
色とりどりの天幕が張られた野営場は、さながらパーティー会場のようだった。
出張してきた宮廷料理人たちが太陽の下で腕を振るい、着飾った貴婦人たちは互いの衣装を褒めながら「どの参加者が優勝を掻っ攫うか」という話題に花を咲かせている。
一角に人だかりが出来ているかと思えば、「狩猟大会の優勝者は誰だ!」というネタで賭け事が行われていた。
中でも一番優勝の可能性が高いのは皇帝グレンディルのようで、集まっている者たちはリスクを取るかリターンを取るか迷っているようだった。
(やっぱり、竜族の中でも陛下の実力は抜きんでているのね)
「冷血皇帝」と通り名が示すとおりに、皇帝グレンディルはひとたび戦場に立てば鬼神のような強さと恐ろしさを発揮する。
エフィニアも誘拐されかかった際に、その力の片鱗を目の当たりにしたのだ。
(あの時の陛下は本当に恐ろしいほどの覇気を纏っていらっしゃって……)
あの時の彼の様子を思い出すと、何故だかかぁっと体が熱くなった。
エフィニアは慌ててぶんぶんと頭を振り、近くのテーブルから串焼きを取りおもむろにかぶりついた。
(妖精族にはあんな野蛮な方はいないもの! ちょっと珍しくてびっくりしただけよ!!)
戦嫌いの妖精族は、男も女ものほほんとした性格の者が多い。
だからうっかりグレンディルの覇気に触れて、猛獣と遭遇した時のように驚いてしまっただけだ――。
何故だかドキドキと鼓動が高鳴っているのを、無理やりそう理由付ける。
だがどうしても、あの時のグレンディルの鬼気迫る表情が頭から離れなかった。
(あぁもう! どうしてあの御方は不在の時にも私をイラつかせるの!?)
香草で味付けされた串焼きは、噛みつくとじゅわりと肉汁が染み出して何ともジューシーだ。
傍目には優雅に、だが内心ではホクホクで串焼きを味わうエフィニアの前に、アドリアナたち「自称:エフィニア派」の側室たちが連れ立ってやって来る。
「ごきげんよう、エフィニア様。狩猟大会は楽しまれまして?」
「えぇ、たまには後宮から出て気分転換をするのも良いですわね」
着飾った人々を眺めるのは目の保養になるし、提供される料理も美味しい。
イオネラにも「たまにはパーッと羽を伸ばしてきなさい」と自由行動を言い渡したところだ。
「エフィニア様はどなたが優勝するかに賭けられました?」
「わたくしは安牌をとって皇帝陛下に賭けましたわ」
「うふ、わたくしはクラヴィス様に……」
「わたくしは逆手を取って一番倍率の低い方に賭けましたの! 当たれば大金が懐に入りますのよ!」
どうやら先ほどの賭けは帝国公認のようで、側室たちも楽しそうに賭けごとに興じているようだ。
(ふふ、私も誰かに賭けて見ようかしら……。ギャンブルなんて初めてだわ)
アラネア商会からライセンス料が入ったおかげで、今のところエフィニアの懐は潤っている。
誰に賭けようか……と思案するエフィニアに、遠慮がちに一人の側室が声を掛けてくる。
「あのっ……エフィニア様。少し、よろしいでしょうか……」
エフィニアが振り返ると、そこには最近「自称:エフィニア派」に加わった側室がいた。
確か名前は……。
「アルマ様、どうかなさいましたか?」
そう呼びかけると、側室――アルマは、ほっとしたように表情を緩めた。
「こんな時に大変恐縮ですが……実は、エフィニア様に相談に乗っていただきたいことがございまして……」
アルマは言いにくそうに、ちらりと賭け事の話で盛り上がるアドリアナたちに視線をやった。
なるほど、あまり多くの人には聞かせたくない話なのだろう。
(でも、何で私に? ……私が、この派閥のボスだって思われてるのかしら)
そうだ、そうに違いない……と、エフィニアは若干遠い目になった。
今は忙しいと断っても良かったが、わざわざこんな時に相談を持ち掛けてくるのだ。
きっと、後宮に戻ってからではまずい理由があるのだろう。
(後宮だとどこで盗み聞きされてるかわからないしね……。まぁ、どうせやることもないし話くらいは聞いてあげましょうか)
エフィニアは頷き、アドリアナたちに気づかれないようにそっとその場を後にする。




