55 妖精王女、再び子猫ちゃんにじゃれつかれる
エフィニアが地面に降り立った途端、四方八方から視線が集まった。
本日のエフィニアが身に纏うのは、精霊の力を借りて仕立て上げた妖精族の伝統デザインを取り入れたドレスだ。
胸元や腰回りには美しい生花があしらわれ、彼女が自然に愛された姫君であることをありありと示している。
いくつもの薄手の布を精巧に重ね合わせたスカート部分は、まるで大輪の花を彩る花びらのように美しい。
中でも最も目を引くのは、まるで妖精の羽のようにたなびくたルジアーダ布だ。
オーロラのように美しいその布は、日の光を浴びてエフィニアが動くたびに異なった色合いを見せてくれる。
まさに「妖精姫」の名に恥じないいでたちで現れたエフィニアに、ミセリアもレオノールも他の側室も、一瞬言葉を失った。
エフィニアは呆気にとられる周囲を見回し、にっこりと愛らしい笑みを浮かべてお辞儀をした。
「ごきげんよう、皆さま。本日は好天にも恵まれ、まさに狩猟日和とでも言うべきですね。楽しみだわ」
そんなエフィニアに真っ先に声を掛けたのは……自称:エフィニア派の側室筆頭、アドリアナだ。
「エフィニア様もいらっしゃったのですね! その装い、とても素敵ですわ」
「お褒めに預かり光栄ですわ。アドリアナ様のドレスも素晴らしいわ」
妖鳥族の王女であるアドリアナは、鳥の羽のような素材をふんだんに使った天女のようなドレスを身に纏っていた。
「皆さま、それぞれ素敵な装いをしていらっしゃいますのね。目の保養になるわ」
大陸各地から選りすぐりの姫君が集まる後宮。
そこで暮らす側室たちが、それぞれ思い思いのドレスを仕立てて集まるファッションショーのようだった。
エフィニアは興味津々で、集まった側室たちを眺める。
そうしているうちに、自称:エフィニア派の側室たちが集まって来た。
「さすがはエフィニア様、妖精族の装いは繊細かつ華やかで素晴らしいわ」
「ありがとうございます、コーラリア様。コーラリア様の衣装は人魚族の伝統ですの?」
「えぇ、人魚族の伝統と帝国で流行っているデザインをミックスしましたの! 私の故郷では基本的に女性は胸元に貝殻を纏うのみですが、陸の世界では破廉恥すぎると教えていただきましたので」
「それはまぁ……」
人魚族の側室であるコーラリアは、アクセントとして貝殻や珊瑚をあちこちにあしらったドレスを身に纏っていた。
頭上に戴くのは、これはまた貝殻や珊瑚やヒトデ……? などを組み合わせた美しいティアラだ。
他にも幾人かのエフィニア派の側室が、この場に揃っていた。
だがいつもエフィニアの元に集まる顔ぶれと比べると、数が少ないのにエフィニアはすぐに気が付いた。
(やっぱり……ミセリア様の妨害でドレスを仕立てられなかった側室の方も多いのね……)
特に自称:エフィニア派の側室は、後ろ盾が弱く後宮では肩身の狭い思いをしているのだ。
ミセリアの妨害になすすべもなく、狩猟大会への出席を諦めざるを得なかったのだろう。
(帝国の公式行事の成功より自分の都合を優先するなんて……側室として褒められた態度ではないわ)
ちらりと件のミセリアに視線を向けると、彼女もばっちりこちらを見ていたので目が合ってしまう。
ミセリアは傍目には優雅な笑みを浮かべて、それでいて凍り付きそうなほど冷たい視線でエフィニアを見据えていた。
(おぉ怖い。でも、私はあなたの思い通りになって差し上げるつもりはありませんから)
氷の視線にもたじろがず、エフィニアはミセリアに微笑み返してみせる。
そうしているうちに、今度はレオノールがエフィニアに絡んできた。
「あーらエフィニア様、その無駄にひらひらした虫の羽みたいなドレスがとても素敵ね。あのボロ屋敷のカーテンでも引き裂いてお作りになられたのかしらぁ?」
レオノールは相変わらず嫌味たっぷりで、真正面からエフィニアに喧嘩を売って来た。
(この御方はこんな時でも通常運転なのね……。まぁ、変に裏でこそこそされるよりも何倍もありがたいわ)
一度レオノールを撃退したエフィニアからすれば、彼女の嫌味など子猫が愛らしくじゃれてくるようなものだ。
目の前で猫じゃらしを振るように、エフィニアは優雅な笑みを浮かべて言葉を返す。
「ごきげんよう、レオノール様。さすがは慧眼をお持ちですね。このドレスは、わたくしが一から仕立て上げた物になります。さすがにカーテンは使いませんでしたけど」
「わたくしが一から仕立て上げた」の部分で、少し離れたところにいたミセリア派の側室たちがざわめいた。
エフィニアは上機嫌で、レオノールの装いを褒めて見せる。
「レオノール様のご衣裳も華やかで素敵ですわ。その毛皮の豹はご自身で狩りましたの?」
「そんなわけないじゃない! まぁ、わたくしが本気を出せば豹の一匹や二匹を仕留めることは容易いですけど」
「あら、素晴らしいわ。本日の狩猟大会にも、戦士としてご参加なさってはいかがですか?」
一見優雅に嫌味の応酬を続けるエフィニアとレオノールを、ミセリアは冷たい視線で睨みつけていた。
そんなミセリアの怒りを察したのか、周囲の取り巻きたちが慌ててエフィニアをけなして見せる。
「皇帝主催の公式行事にご自身で作られたドレスを着てこられるなんて!」
「なんて恥知らずなのかしら!!」
「み……みっともないわ!」
いつもだったら穏やかに「あら皆さん、そんな風に言っては駄目よ。エフィニア様にはエフィニア様の事情があるのでしょう」と取り巻きを諫めるミセリアも、今回ばかりはだまったままエフィニアを睨みつけている。
そのブリザードでも吹き荒れそうな氷の視線に、周囲の取り巻きたちは「ヒッ」と喉の奥で悲鳴を上げた。




