54 妖精王女、狩猟大会に出席する
いよいよ、狩猟大会の日がやって来た。
皇帝主催の狩猟大会は、長い歴史を持つ竜族の伝統行事だ。
会場は恐ろしい魔獣が生息する「魔の森」――普段は強固な結界により封じられているが、この日だけは結界が解かれるのである。
竜族においては、力の強い者こそが絶対王者とされている。
その為、狩猟大会に参加する者たちは皆一様に張り切り、少しでも強い魔獣を仕留めようと奮起していた。
そして戦士たちが牙や爪を研ぎ澄ませる中……「魔の森」付近の野営場ではまた別の戦いが繰り広げられていた。
「まぁ、見てくださいミセリア様のあのドレス!」
「なんて素敵なの……まるで炎の女神のようだわ」
「皆さま美しく着飾っているようですけど……ミセリア様に比べれば数段見劣りしてしまいますわね!!」
ミセリアの取り巻きの側室がはしゃぐ声が、蒼天に響き渡る。
そんな取り巻きを、ミセリアは穏やかにたしなめた。
「まぁ皆さま、そんなことを言うものではないわ。わたくしたちはこれから狩猟大会に臨まれる戦士たちを、鼓舞するためにここにいるのだもの。わたくしたちが美を競い合う場ではないのよ」
……などと口ではまっとうなことを言いつつ、ミセリアの衣装は明らかに「今日の主役!」とでもいうほど気合が入りすぎていた。
彼女が身に纏うのは、真紅の生地に金糸で刺繍がなされたド派手なドレスである。
肩口から手首にかけてゆったりと広がっていく形の袖はまるで翼のようで、彼女が身動きするたびに美しく翻る裾はなんとも優美だ。
神々しい不死鳥を思わせるいでたちのように見えて、背中は大胆に開きなまめかしい肌があらわになっている。
ミセリア自身の持つ圧倒的な美しさもあいまって、集まっている者たちは目を奪われずにはいられなかった。
「今年はこうして会場に来られる側室も少ないようだから、その分わたくしたち一人一人が輝かねば。皇帝陛下をがっかりさせるわけにはいきませんもの」
必要のないドレスの大量発注を行い、王都中の仕立て屋の予約を埋め尽くした者とは思えない言葉に、少し距離を置いていた他の側室は苦笑いした。
ミセリアの妨害のせいで新たなドレスを仕立てられなかった側室が続出し、今年の狩猟大会は例年に比べ随分と寂しいものになっている。
ころころと笑うミセリアを睨みながら、側室の一人――レオノールは悪態をついた。
「まったく……あの性悪トカゲ女、あんな悪趣味なドレスは初めて見たわ!」
「まったくです、レオノール様!」
「レオノール様の足元にも及びませんよ!」
本日のレオノールは、なんとヒョウ柄の派手なドレスを身に纏っている。
ミセリアとはまた別の意味で、彼女も人目を惹いていた。
ピーチクパーチクとさえずる侍女たちの称賛に気を良くしながら、レオノールは慎重に周囲を見回す。
「……そういえば、エフィニア王女はいないようね」
そう気づいた途端、レオノールはにんまりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「ふん。あのトカゲ女の策にはまるなんて大したことないのね!」
以前恥をかかされた恨みで、レオノールは周囲に聞こえるように大声でエフィニアの悪口をまくしたてた。
「トカゲ女」の時点でミセリアの眉がぴくりと動き、取り巻きの側室は慌てたが、幸いにも大事にはいたらなかったようだ。
「……エフィニア様は、いらっしゃらないのね」
ぼそりと呟いたミセリアに、取り巻きの側室は慌てて同意する。
「陛下の『運命の番』でいらっしゃるのに、意識が低すぎますわ!」
「それも仕方がありませんわ。だって皇帝陛下は、番様に愛を注いでいらっしゃらないようですもの」
「陛下の番といっても、とても皇后が務まるような方ではありませんね」
「あらあら皆さま、そんな風に言うものではないわ」
取り巻き側室を諫めながらも、ミセリアはしっかりと勝利の笑みを浮かべていた。
彼女にとって今年の狩猟大会の懸念材料は、皇帝の運命の番であるエフィニアと、未だ正体を掴めない皇帝の寵姫だ。
寵姫については手を尽くして調査をしているが、いまだに進展はない。
エフィニアについては……どうやら妨害工作が功を奏したようだ。
彼女は新たなドレスを仕立てることができず、この場には現れないのだから。
すがすがしい気分で、ミセリアは取り巻きたちとの談笑に興じた。
だがその途端、野営場の一角がにわかに騒がしくなる。
「あれは……後宮の馬車だわ」
「側室の方がいらっしゃったのかしら……」
遅れて登場し注目を集めるとは、いいご身分だ。
次に潰すのはあの馬車の中の女にしようと、ミセリアはすっと目を細める。
だが次の瞬間、彼女は驚愕に目を見開いた。
「はぁ……思ったよりも着付けに時間がかかっちゃったわね」
ゆっくりと馬車を降りてくるのは、この場に来られるはずのない皇帝の番――エフィニアだったのだ。




