53 竜皇陛下、番に贈り物をする
幼竜の姿で皇宮に戻ったグレンディルは、すぐさま変化を解いた。
そして向かったのは……宝物庫だ。
帝国皇宮の宝物庫には、世界各国から贈られた国宝級の品が保管してある。
眩いばかりの金銀財宝には目もくれず、グレンディルが向かうのは……織物を保管してある区画だ。
――『ルジアーダ布といって、薄手で、透明で、とっても綺麗な布があるの。フィレンツィアでは簡単に手に入るのだけれど……ここでは難しいわね』
つい先ほど聞いたばかりの、憂いを秘めたエフィニアの声が蘇る。
……いいや、難しいことじゃない。
皇帝であるグレンディルなら、彼女の望みを叶えることができるのだから。
「薄手で、透明……」
国宝級の品をぽんぽんかき分けながら、グレンディルはひたすら彼女が求める物に近い布を探した。
そして、ランプの明かりを反射するようにして、積み重なる布の奥で何かがきらりと光ったのが見えた。
手を伸ばして手繰り寄せ……グレンディルは息を飲んだ。
「これは……!」
絹のような滑らかな手触りで、少し力を込めれば破れてしまいそうな繊細な布だった。
ふんわりと向こうが透けるように透明で、そして……オーロラのように鮮やかな光を放っている。
角度を変えるたびに違った色に光る、見事な布をグレンディルは手にしていた。
「……従属国となった際に、フィレンツィアから贈られた物なのか」
近くには簡単にその布の由来が記された冊子があった。
……かつて妖精族の長から贈られた品を、妖精族の姫であるエフィニアが身に着けるのだ。
きっとこの布にとっても、これ以上ない活用方法となるだろう。
美しい輝きを放つドレスを身に纏ったエフィニアの姿を想像して、グレンディルは知らず知らずのうちに口元に笑みを浮かべていた。
「ん…………」
コツ、コツ……と窓を叩く音がして、エフィニアは目を覚ます。
ぼんやりとした意識のまま窓の方へ視線をやれば、そこには愛らしい黒の幼竜が……。
「クロ!?」
一気に覚醒したエフィニアは、慌てて窓を開ける。
すると、すいっと室内に幼竜が飛び込んできた。
「こんな朝早くにどうしたの!?」
驚くエフィニアの足元に、幼竜が何かを落とす。
そっと拾い上げ、エフィニアは息を飲んだ。
「これって……!」
幼竜が持ってきたのは、今まで見たこともないくらい美しい輝きを放つルジアーダ布だったのだ。
「極上の手触り、二つとない輝き……こんな一級品をどうしたの!? まさか、盗んできたわけじゃないわよね!?」
「きゅう! きゅーう!!」
慌てるエフィニアに、黒は尻尾で足元を指し示した。
よく見れば、そこには小さく折りたたんだ羊皮紙が落ちている。
そっと中を開くと、中には一言だけ
『いつもこの竜が世話になってる礼に、あなたに贈ります』
と書かれていた。
「クロの飼い主が、私に……?」
「きゅーう! くるるぅ!!」
肯定するように何度も頷いた幼竜に、エフィニアの胸がじぃんと熱くなる。
「ありがとう……本当に、ありがとう!!」
「くぅ!?」
エフィニアが力強く抱きしめたので、幼竜が驚いたような声を上げる。
慌てて力を緩めながらも、エフィニアは胸がいっぱいだった。
(こうやって、縁というものは繋がっていくのね……)
どこの誰なのかはわからないが、クロの飼い主はエフィニアのことを知っていて、力になろうとしてくれたのだ。
それが、たまらなく嬉しかった。
「ありがとう、あなたの飼い主にもお礼を言っておいてくれる?」
「きゅーう!」
「できれば直接お会いしたいのだけど……」
「きゅっ!?」
「それは難しいのね」
「……くぅ」
相手の立場ゆえか、エフィニアの立場ゆえか。
どうやら幼竜の飼い主に直接会うのは難しいようだ。
幼竜は何度も何度もエフィニアの方を振り返りながら、窓の外へ飛び去って行った。
エフィニアは再び贈られた布を撫で、うっとりと頬を緩ませる。
(本当に極上の手触り……フィレンツィアでもお目にかかったことがないくらいの一級品だわ。クロの飼い主は、いったいどんな方なのかしら……)
何か手掛かりはないかと、もう一度羊皮紙に目を通す。
何度も読み返して、エフィニアは奇妙な既視感を覚えた。
(あら、この筆跡、どこかで見たような……)
だがそこまで考えた時、目を覚ましたキキーモラが騒ぎ始めたのでそれどころではなくなってしまった。
どうやら精霊たちも、極上の布に大興奮しているようだ。
「ふふ、ちょうどいいものが手に入ったの。一気に完成させちゃいましょう!」
『キキッ!!』
意気揚々と、エフィニアは精霊たちと共にドレスの仕上げに取り掛かった。




