51 妖精王女、ドレス作りに着手する
「ねぇイオネラ。狩猟大会とは何かしら」
「ひょわっ!? もうそんな季節なんですね!!」
過剰に反応したイオネラが言う所によれば、年に一回皇帝の主催で各地の王族貴族を集め、大々的な狩猟大会が開かれるという。
「男性たちはこの日のために牙や爪を研ぎ澄まし、とびっきりの大物を仕留めようと張り切るんですよ! 女性たちも新しく衣装を仕立てて綺麗に着飾って、ファッションショーみたいににぎやかになるんですよ~」
「そうなの……皇帝陛下に来て欲しいと言われたのだけど、やはり行った方がいいのかしら」
「うひゃっ!? 本当ですか!! エフィニア様、すごいことですよ!!」
皇帝主催の公式行事ということで、この日はどの側室も希望すれば狩猟大会の会場に行くことができる。
滅多にない外出の機会ということで、側室たちは皆選りすぐりの衣装を身に纏い狩猟大会に繰り出すのだという。
しかし今までは皇帝は側室をガン無視で、誰かを誘ったりすることなどなかったのだとか。
「やはり陛下は、エフィニア様のことを特別に想っていらっしゃるのですよ!」
興奮するイオネラをどうどう、と諫めながら、エフィニアはもやもやした気分を味わっていた。
「……いいえ、違うわ。私が後宮に目を向けろと言ったので、社交辞令的に誘われたのでしょう。きっと……寵姫様の盾になるように」
「寵姫の屋敷を訪れたのか」という問いに、皇帝は「あぁ」と答えた。
ということは……やはり、例の寵姫は側室の誰かなのだろう。
きっとその寵姫も、狩猟大会の場に赴くのだろう。
とびっきりの衣装を仕立てて、愛する皇帝の勇ましい姿を目にするために……。
「……誘われたからには、私も行った方がいいわよね」
どこか言い訳がましく、エフィニアはそう口に出した。
別に、皇帝と寵姫のことが気になるわけじゃない。
ただ滅多にない外出の機会なのだ。
たまにはのびのびと羽を伸ばしたい。
ただ、それだけなのである。
そう自分を納得させるエフィニアに対し、イオネラはうきうきと準備を始めようとして……ぴゃっとその場で飛び上がった。
「大変! 狩猟大会に行かれるのなら、すぐにでも仕立て屋の予約をしなきゃ――」
なんでもこの時期は狩猟大会に出席する為に、後宮の側室だけでなく多くの女性が新たに衣装を仕立てるのだとか。
だから、仕立て屋の予約も早い者勝ちのだという。
「うぅ、出遅れた……いますぐ予約に行ってきます!」
ウサギの獣人らしい俊足で駆け出したイオネラの後姿を見ながら、エフィニアは小さくため息をついた。
「……別に、陛下の為じゃないわ」
ただ、自分自身のリフレッシュのため。
それだけなのだから。
◇◇◇
「うぅぅぅぅ……申し訳ございません、エフィニアさまぁ……」
勢いよく飛び出していったイオネラがべそをかきながら帰って来たので、エフィニアは驚いた。
まさか自分のように何者かに襲われたのでは……と心配したが、どうやらそうではないらしい。
「王都内の仕立て屋をまわったんですけど、どこも予約がいっぱいで……」
通常はいくら早い者勝ちだとはいえ、どこかの仕立て屋には空きがあるものだ。
だがイオネラがどれだけ店をまわっても、既に新しい衣装の予約は受け付けてもらえなかったのだという。
「なんでもファルサ公爵家が、大量に衣装の発注を行っているようで……」
「ファルサ公爵家……あぁ、ミセリア様の生家ね」
やっと得心がいき、エフィニアは歯噛みした。
ミセリアはできる限り他の側室の狩猟祭への出席を妨害しようと、王都内の仕立て屋の予約を埋め尽くしたのだろう。
新たな衣装を仕立てられなかった側室が素直に出席を諦めるか、着古したドレスでやって来たら盛大に笑いものにするという魂胆なのだ。
(まったく、姑息な真似をするわね……)
だが、エフィニアはそのどちらにもなってやるつもりはなかった。
「仕方ないわ。どうせなら帝国風のドレスを仕立ててもらおうと思っていたけど……こうなったら、私のやり方でやらせてもらうわ」
「えっ、どうなさるんですか?」
「自分でドレスを作るのよ」
「えぇぇっ!?」
驚くイオネラに、エフィニアは自慢げに胸を張る。
「もちろん、精霊の力は借りるけどね。故郷にいた時は自分の服は自分で作ることが多かったの。この屋敷をリフォームしたことに比べれば簡単なくらいよ」
どこかウキウキとした気分で、エフィニアはさっそく新しいドレスのデザインに取り掛かるのだった。




