50 竜皇陛下、妖精王女の屋敷へ訪問する
皇帝の後宮訪問は続き……ついにエフィニアの屋敷を訪れる番がやって来た。
女官や侍従を伴った皇帝を、エフィニアは屋敷の前にて出迎える。
「お越しになるのをお待ち申し上げておりました、皇帝陛下」
「あぁ、来るのが遅れて済まなかったな。エフィニア王女」
皇帝の侍従たちはエフィニアの屋敷の佇まいに驚いている様子が見て取れたが、肝心の皇帝はあまり驚く様子はなかった。
まるで勝手知ったる場所だとでもいうように、堂々と屋敷へと足を踏み入れる。
「どうぞ、応接間に――」
「いや、今日は天気もいい。外でゆっくり話そうじゃないか」
「構いませんが……」
そう言った皇帝が、案内する前に庭へ続く扉の方へ向かったので、エフィニアは内心首をかしげる。
(前からここの構造をご存じだったのかしら……? 私が来る前はとんだボロ屋敷だったのに?)
まぁ、こういう場所に作られた屋敷は、ある程度室内構造に決まった法則があるのかもしれない。
そう自分を納得させ、エフィニアは庭先のガーデンテーブルへと皇帝グレンディルを案内する。
皇帝は侍従や女官たちに少し離れたところで待機するように指示して、エフィニアの手を取って席へエスコートしてくれた。
「もう聞き及んでいるかとは思うが……君の忠告を元に、側室たちの元を訪れこうして話を聞くようにし始めた」
「えぇ、陛下がわたくしの話を聞き入れてくださり光栄ですわ」
「俺は……側室たちに酷なことをしていたのだな。女官たちの目もありすべてを話してくれる側室は少なかったが、それでも彼女たちの状況は察することができる」
遅すぎる……とも思ったが、エフィニアはその言葉を飲み込んだ。
やっと、皇帝が後宮の花たちに目を向けるようになったのだ。
それだけで、以前に比べれば大きな一歩である。
「そういえば……君の屋敷は他のものと比べると随分と風変わりなのだな。侍女も一人しか置いていないのか?」
「……女官長がそのように取り計らわれましたので」
ニコニコと笑いながらも、エフィニアの眉間には皺が寄っていた。
その表情で、グレンディルも何となく察するものがあったのだろう。
「……すぐに邸を移し、侍女の増員を――」
「いいえ、過ぎたことですわ。わたくし、今はこの屋敷が気に入っておりますし、イオネラ一人でも十分やっていけますもの。問題はありません」
せっかく自分好みにカスタマイズし、精霊たちもこの環境に慣れてきたのだ。
それに、侍女を増やせばどこかのスパイが紛れ込む危険性もある。
だから、エフィニアとしては現状維持の方が都合がいいのである。
「……後宮の人事についても、精査する必要がありそうだな」
「陛下にそう言っていただけましたこと、誠に喜ばしい限りです」
その際にはエフィニアが集めた不正の証拠も提供しよう。
小声でそう言うと、グレンディルは困ったように笑った。
「……エフィニア姫。今更だが……君の窮状に気づけずに済まなかった」
「わたくしに申し訳ないと思われるのでしたら、どうぞ、未来を見てくださいませ」
エフィニアの言葉に、グレンディルは深く頷いた。
(……大丈夫。この御方なら、きっと帝国を良い方向に導けるはず)
エフィニアは微笑み、二人はとりとめもない世間話を続ける。
そうしている間に、あっという間に皇帝の訪問時間が終わりを告げてしまう。
「済まないな、もっと時間が取れればよかったのだが……」
「いいえ、陛下はお忙しい方ですもの。こうして来てくださっただけでも僥倖です」
「何か困ったことがあったらいつでも申し付けてくれ。それと……今度の狩猟大会の際には、君も是非来てくれ」
はて、狩猟大会とは何だろう。
そう質問しようとしたが、慌てた様子の侍従がグレンディルに次の予定が迫っていると告げ、グレンディルは踵を返す。
その背中を見送ろうとして、エフィニアははっと思い付きグレンディルを呼び止めた。
「お待ちください、陛下!」
その声に振り返ったグレンディルに駆け寄り、くいくいと袖を引く。
意図を察したグレンディルが屈みこむと、エフィニアは彼の耳元で囁いた。
「もう、寵姫様の所には行かれましたの?」
その質問に、グレンディルはぴしりと固まった。
だがすぐに復活すると、どこか照れた様子で頷く。
「…………あぁ」
「そ、そうですか……それは何よりですわ……」
今度こそ去っていくグレンディルの背中を見送り、エフィニアは嘆息する。
(そう……やっぱり寵姫様のことは大切になさっているのね)
何やら胸にぽっかりと穴が開いたような気分を味わいながら、エフィニアはそっと踵を返した。




