5 妖精王女、ボロ屋敷をリフォームする
きっとかつては立派な邸宅だったのだろう。
だが今は、石壁はボロボロで、レンガは色あせ、木製の柱は今にも折れそうなほどに朽ち果てている。
窓ガラスは粉々に割れ、併設された温室から伸びた蔓が建物全体に絡みつき、異様な雰囲気を放っていた。
まるで、今にもゴーストが飛び出してきそうなほどのボロ屋敷だ。
思わず女官長に視線を遣ると、彼女はニヤニヤと意地悪く笑いながらエフィニアを見下ろしていた。
「気に入っていただけましたでしょうか、王女殿下?」
(……なるほど、何故かはわからないけど私が気に入らないのね)
きっと彼女は、エフィニアが惨めに怒ったり泣いたりするのを期待しているのだろう。
だが、彼女の思い通りに動いてやるのは癪だ。
エフィニアは精一杯愛らしい笑みを浮かべ、喜色に満ちた声を上げて見せた。
「まぁ、なんて風情があって素敵なのかしら! 女官長、このように素晴らしい場所を提供いただき感謝いたします!」
「…………へ?」
「ふふ、これからの生活が楽しみだわ。あぁそう、皆さま、もう案内は結構でしてよ。いつまでも皆さまのお手を煩わせては悪いもの。では、御機嫌よう」
それだけ告げると、エフィニアは呆然とする女官たちに一礼し、ボロボロに朽ちかけたエントランスの扉を破るようにして屋敷の中へと身を躍らせた。
(……ふん、あなたたちの思い通りになんてなってやらないんだから!)
ぷりぷりと怒りながら、屋敷に足を踏み入れたエフィニアはエントランスに立ち周囲を見回す。
「これはまぁ……予想通りに酷い有様ね」
天井には大きな穴が開き、空模様がはっきり見えていた。
壁も虫食い状態で、屋敷の中にはがれきが積み重なり蜘蛛の巣が張っている。
このままでは、とても暮らせたものではない。まだ外で野宿した方がマシだろう。
普通の姫君ならば、裸足で逃げ出すような極悪物件だ。
だが、エフィニアが女官長に逆らわなかったのはなにも意地を張っていただけではない。
ちゃんと、勝算があるのだ。
「妖精王の末裔たるエフィニアの名において命じる……来たれ、<ブラウニー>」
エフィニアの呼びかけに応じて、中空からモコモコの毛を持つウサギの精霊が現れた。
一匹、二匹、三匹……またたく間に、何十匹ものウサギ精霊がエフィニアの足元に集まってくる。
彼らは掃除好きの精霊――「ブラウニー」だ。
妖精族の王族であるエフィニアは、このように自由自在に精霊を呼び出す力を持っていた。
「よし。みんな、このお屋敷を片付けてもらっていいかしら?」
『ぷぎゅー!』
ブラウニーたちは元気よく返事をして、ぴょんぴょん跳ねながら散らばったがれきを片付け始める。
その様子を確認して、エフィニアは次なる精霊を呼び出した。
「来たれ、<ノーム>」
途端に現れたのは、アライグマのような姿をした土の精霊――ノームだ。
よちよち集まってくるノームたちを撫でながら、エフィニアはてきぱきと指示を出す。
「壁や天井に穴が開いているでしょ? そこの補修をお願い。窓や温室のガラスも見栄え良く直してちょうだい。あと、全体的にボロボロになっている場所も綺麗にしてもらえると助かるわ」
『キュキュッ』
(後はツタを綺麗に剪定して、せっかく温室があるのだから有効活用もしたいわね。この辺りの土地は空いているし、畑を作ってもいいかも……)
次々と精霊たちを呼び出しながら、エフィニアは着々とボロ屋敷のリフォームを進めていった。