48 妖精王女、竜皇を諭す
「後宮に集められているのは、様々な国の姫君です。そのような扱いをなされば、従属国の怒りを買い、反乱を招きかねません」
「反乱などすぐに鎮圧できる」
「そういう問題ではありません。たとえ反乱を鎮圧できたとしても、必ずや禍根の種は残ります。種はいずれ芽吹き、成長し……帝国を内側から瓦解させる大樹となるでしょう」
竜族の国であるマグナ帝国は、戦となればほぼ無敵と言ってもよいだろう。
だが、だからこそ……彼らは少し奢りすぎているようにエフィニアの目からは見えるのだ。
「外からの攻撃よりも、内側の浸食の方がよほど恐ろしいものです。……陛下、後宮には様々な国や種族の姫君がおいでです。ある意味、この帝国の縮図と言っても良いでしょう。差し出がましいようですが……陛下はもう少し、後宮に目を向けられるべきかと思います」
可憐な花々が咲き誇る花園……と見せかけて、中では日々側室同士の醜い争いが耐えない。
後宮というのは、見た目よりも恐ろしい場所だ。
エフィニアは後宮に入り、十分すぎるほどその真髄を理解した。
だから、グレンディルがあまり後宮に来たがらない気持ちも理解できなくはないのだが……今は、そうも言ってられない。
「今、後宮は荒れています。陛下には後宮の主として、そしてこの国を、大陸を統べる者として……もう少し、外ではなく内側にも目を向けていただきたいのです」
力のある側室が睨みを利かせ、女官は職務を全うせず、力の弱い側室は虐げられ、後宮から消される。
いずれ後宮の歪みは、外へも波及するだろう。
だが、今ならまだ……間に合うかもしれない。
(少なくともあなたは、まったく話の分からない方ではないのでしょう?)
そんな思いを込め、エフィニアはグレンディルを見つめた。
彼は他者を愛する心を持ち、他国の文化を尊重できる人物だ。
……エフィニアを寵姫の盾にするなど、少し残念なところもあるが。
グレンディルはエフィニアの視線を受けて、しばし考え込んだ後、大きく頷いた。
「……あぁ。忠告、痛み入る。もっと早くに、後宮に注意を払うべきだったな。君も苦労しただろう」
「まぁ、子猫ちゃんにじゃれつかれたり、トカゲちゃんに威嚇されたりはしましたね。幸いにも大したことはありませんでしたが」
余裕たっぷりにそう言ってやると、グレンディルは不思議そうな顔をした。
その様子に、エフィニアはくすりと笑う。
「まぁ、いろいろ申し上げましたが……陛下。あまり大々的に動かれると、敵も何かあると感づきます。トカゲのしっぽ切りにならないように、ご注意くださいませ」
「あぁ、承知した」
エフィニアの言葉に、グレンディルは深く頷いた。
彼は、未来を憂う者としてのエフィニアの言葉を真摯に受け止めてくれたのだ。
奇妙な連帯感のようなものが、二人の間には芽生え始めていた。
(話せば、ちゃんとわかる方なのよね。私も、もっと早くにこうしてお話しするべきだったのかもしれないわ)
唯我独尊の傲慢な冷血皇帝。
エフィニアが当初抱いていたイメージとは、少し違った人物なのかもしれない、
いや、もしかしたら……そんな彼を変えたのが、「寵姫」の存在なのかもしれない。
(本当に、いったいどこのどなたなのかしら……いいえ、私が気にすることではないわ)
寵姫に関しては過剰に反応する皇帝のことだ。
エフィニアが口にを出さずとも、寵姫の安全くらいは確保するだろう。
「…………?」
そう考えると、何故だか少しだけ……胸が痛んだ気がした。




