44 妖精王女、故郷を思い出してしんみりする
生まれて初めての寿司を堪能したエフィニアは、大満足で店を出た。
うっかり食べ過ぎてしまったので、イオネラのがばがばの服を借りていてよかったのかもしれないわ……と、エフィニアは大満足で小さな腹を撫でた。
「口に合ったようならよかった。妖精族には合わないかと危惧したものだが」
「あらグレン様、内陸国なのであまり縁がなかっただけで、妖精族だって食べる時は食べますのよ?」
グレンディルも寿司の味に満足したのか、いつになく上機嫌な様子だ。
(こうしていると、皇帝じゃなくて普通の人みたいね)
初めて彼に相まみえた時、なんて冷たそうな目をしているのかと恐怖にも近い感情を抱いたものだ。
だが、こうして「皇帝」の居場所から離れて彼と過ごしてみると……意外といろいろな表情をするものだとエフィニアは発見した。
エフィニアが冗談を言えば、わずかに顔をほころばせる。
エフィニアの父親に間違われれば、ショックを受ける。
うっかりワサビを多めに食べてしまった時は、涙目になっていた。
彼にもきちんと喜怒哀楽があるのだと、エフィニアは今更ながらに意識した。
(「冷血皇帝」なんて呼ばれてるから心も凍り付いているのかと思ったけど、意外と感情豊かなのかもしれないわ)
そう思うとなんだかおかしくて、エフィニアはくすりと笑ってしまった。
上機嫌で寿司屋を出た二人は、再びグルメ街を練り歩いた。
デザートは別腹……とはよく言ったもので、美味しそうなスイーツを見るとついついエフィニアはそちらに視線を奪われてしまう。
どれにしようか……と周囲を見回しながら歩いていたエフィニアは、とある一点に視線を吸い寄せられる。
「あ…………」
視線の先の出店では、様々なスイーツを取り扱っているようだった。
その中でもエフィニアの目に留まったのは、妖精族の故郷――フィレンツィア王国の郷土菓子だ。
「気になるのか?」
「い、いえ……」
「もう少し近くで見よう」
エフィニアの手を引くようにして、グレンディルは店に近づく。
二人の姿を見た店員は、笑顔でセールストークを繰り出した。
「いらっしゃいませー! うちの店では大陸各地の郷土菓子を取り扱っておりまして……あっ、そちらのお嬢さんはもしや妖精族の方ではありませんか?」
「あぁ、そうだ」
「わぁ、妖精族の方と外でお会いできるとは珍しい! こちらの『夏妖精の宝石』はいかがです?」
店員が笑顔で指示したのは、「夏妖精の宝石」と呼ばれる、妖精族が夏季に好んで食す氷菓子だ。
細かいシャーベットに種々のハーブを散らし、ローズシロップをかけた一品である。
久しく目にしていなかったその姿に、エフィニアの胸が懐かしさで締め付けられる。
「……二つ頂こう」
「まいどありー!」
エフィニアの様子をどう思ったのか、グレンディルはあっという間に「夏妖精の宝石」を二つ購入していた。
「君に立ち食いをさせるのは気が引けるが――」
「いいえ、頂きますわ」
グレンディルが遠慮がちに差し出した「夏妖精の宝石」を、エフィニアは何でもない振りをして受け取った。
世間知らずの王女だとは思われたくなくて、行儀が悪いとは承知しつつも立ったまま「夏妖精の宝石」を口にする。
「っ……!」
懐かしい、味がした。
それこそ、故郷にいた時には頻繁に口にしていたのだ。
懐かしい味と共に、故郷での日々が、懐かしい家族や民の顔が次々と蘇る。
帝国に比べれば、笑えるほど発展していない田舎の小国。
それでも住民は皆、肩を寄せ合って生きている。
民は王女であるエフィニアにも気さくに声を掛け、エフィニアも兄弟たちと共に城下を駆けまわっていた。
笑顔が溢れる、妖精と精霊の国。
耳をすませば聞こえる、森のざわめき、せせらぎの音、精霊や幻獣の歌……。
エフィニアの、大事な故郷――。
「あ…………」
うっかり感傷に浸りすぎていたのかもしれない。
気が付けば、エフィニアの目からぽろりと涙が零れそうになっていた。
「あら、目にゴミが……」
まさか、こんな情けない姿を見せるわけにはいかない。
顔を背け、慌てて涙を拭おうとしたが……。
「……済まなかった、エフィニア」
まるで、少し触れれば壊れてしまうガラス細工を扱うように。
グレンディルの手が、そっとエフィニアの背に触れた。




