41 妖精王女、グルメ街に足を踏み入れる
「いいか、この機会を逃したらもうお前にチャンスはないと思え。既に残機は0だ。わかるな?」
「首都以外の領土がすべて占領され、籠城したものの武器も食料も尽きかけ、外では城門を破る準備が始まっている……みたいな状況というわけか」
「だいたいそんな感じ。そのくらいヤバいんだよ、エフィニア姫からお前への好感度は」
必死にそう熱弁するクラヴィスに、グレンディルは大きくため息をついた。
悪手を重ね「運命の番」であるエフィニアに嫌われ、何とか誤解を解こうと幼竜の姿で近づいたら今度は「皇帝の寵姫が現れた」など、とんでもない噂が立つ始末。
エフィニアにも「真の寵姫を守るために私を盾にしたのでしょう?」と誤解され、彼女のグレンディルへの好感度は絶賛低空飛行中だ。
今度こそそんな状況を打破するため、グレンディルは決死の思いでエフィニアを視察という名のデートに誘い、何とか承諾を得ることができた。
「帝都のお勧めデートスポット集、エスコート術に女性への接し方……とにかく当日までに全部頭の中に入れろ。いいな?」
クラヴィスがどん!と執務机の上に置いたのは、厚さも大きさもバラバラの本の山だった。
一番上に置かれた一冊に手を伸ばし、グレンディルは重々しく本を開く。
「断りもなく女性の体に触れるのはNG……なるほど。それで俺が持ち上げたらエフィニア姫は怒ったわけか」
「そこからか。お前ほんとに、戦争は負けなしなのに他が抜けてるんだよな……」
グレンディルは幼い頃から戦地を転々とし、着実に戦闘経験を積んでいた。
そのため、ひとたび戦となれば鬼神のごとき強さを発揮するのだが、その反面一般常識――特に社交界で必要となる女性への扱いがまったくなっていないのだ。
形だけのエスコート術は学んだが、それが実践に活かされているかというと否なのである。
今までは女性との接触を極力避けていたのでなんとかなったが、今回ばかりはそうは言っていられない。
今度こそは弱点を克服し、エフィニアとの関係を修復しようと必死なのだ。
(これは、今までのどの戦よりも厳しいかもしれないな……)
鬼気迫る表情で本をめくる皇帝を見た者がいたならば、きっと「次はどこを攻め落とすか策を練っているに違いない!」と震えあがっただろう。
だが実際は、いかにして小さな番に近づこうかともがく、一人の青年そのものだったのだ。
◇◇◇
「この通りがグルメ街だ。世界各地から、選りすぐりの店が集まっている」
「わぁ……!」
一風雰囲気の異なる大通りの入り口に立ち、エフィニアは歓喜に目を輝かせた。
眼前の通りは、道の左右に様々な料理店が立ち並び、威勢の良い呼び込みの声が響いている。
あちこちから料理の匂いが漂い、エフィニアは思わず腹が鳴らないように腹筋に力を込めた。
「君は何が食べたい?」
「……少し、見回ってから決めますわ」
平然を装いつつも、憧れのグルメ街を前にエフィニアはそわそわした様子が隠せずにいた。
そんなエフィニアを見て、グレンディルは優しく笑う。
「あぁ、何でも君のお望みどおりに」
人ごみにエフィニアが潰されないように庇いながら、グレンディルはグルメ街へと足を踏み入れた。




