40 妖精王女、帝都の街を歩く
そうしているうちに、クラヴィスとイオネラも遅れて馬車から降りてきた。
「おーおー、相変わらずすごい人だな。じゃあ、うさちゃんは俺と行こうな!」
「えっ、ちょっと待って!!」
そのままイオネラを連れていこうとするクラヴィスを、エフィニアは慌てて引き止めた。
「どこへ行くのよ!」
「あれ、言ってませんでしたっけ。今日は二手に分かれて行動するんっすよ。俺はうさちゃんと、姫はへい――じゃなくてグレン様と! ってなわけで、頑張れよ~」
ひらひらと手を振ったかと思うと、クラヴィスはイオネラを引っ張るようにして、風のように去っていく。
その後姿に手を伸ばしながら、エフィニアは焦りに焦った。
(待って、クラヴィスとイオネラが行ってしまったということは、私は……)
おそるおそる振り返ると、じっとこちらを見つめるグレンディルと視線が合う。
彼は一歩近づくと、エフィニアの目の前に屈みこみ安心させるように告げた。
「心配する必要はない。今日はこの俺が、君にこの街を案内しよう」
「ですが――」
「君に知って欲しいんだ。……この俺が治める国の、美しさを」
真摯な色を秘めた金色の瞳に見つめられ、エフィニアは不覚にもどきりとしてしまった。
(皇帝と二人で、護衛もなしに……こんなのおかしいわ)
おかしい、のに……何故だか胸が高鳴ってしまう。
(もうすぐグルメ街に行くことができるから……? きっとそうだわ……)
「さぁ、俺たちも行こう」
グレンディルが差し出した手に、エフィニアはおそるおそる自身の手を重ねた。
「君は帝都の街を散策するのは初めてか?」
「はい、皇帝陛下に謁見する際は真っすぐに皇宮へ向かいましたので」
「……そうか、それは済まなかった。君の楽しみを奪ってしまった分、今日は存分に楽しんでくれ」
グレンディルが素直に謝ったので、エフィニアは呆気に取られてしまった。
「……皇帝陛下ともあろう御方が、そう簡単に頭を下げるものではありませんわ」
声をひそめてそう言うと、グレンディルは静かに笑う。
「そうだな……だが、君の前ではただ一人の男だ」
「え……?」
唖然とするエフィニアの手を引き、グレンディルは歩き出す。
(今日の陛下は、なんだかおかしいわ……)
戸惑いを覚えながら、エフィニアは彼の隣を歩く。
少し歩いて、エフィニアは気が付いた。
(もしかして、歩く速さを……私に合わせてくださっているのかしら)
長身のグレンディルと、子供のようなエフィニアでは歩幅が大きく異なる。
グレンディルが何も意識しなかった場合、エフィニアはどんどん彼から遅れてしまうだろう。
だがエフィニアが急がなくても、グレンディルはエフィニアの隣から離れる様子はない。
(意外と……そういう所は気が利くのね)
今までに受けた散々な扱いからして、彼は独善的でたとえ「運命の番」であろうと、エフィニアのことなど都合よく利用するだけの冷酷な人物かと思っていた。
だが、今日の彼は何故か……いつもより人間味があるように感じられるのだ。
(なんだか、変な気分……)
期待か、それとも不安なのか。
少し鼓動を速めながら、エフィニアはグレンディルと共に帝都の街を歩くのだった。




