4 妖精王女、皇帝に物申す
皇帝とゆっくり話したいと望んだエフィニアは、女官に先導されながら彼の元を目指していた。
どうやら彼はエフィニアのように倒れることもなく、今も自身の執務室で仕事をこなしているという。
彼は、エフィニアの話を聞いてくれるだろうか。
少しでも、互いについてわかりあうことができればいいのだが……。
だが、そんな展望を抱きながらエフィニアが執務室にたどり着くと、何故か入り口の扉が半壊していた。
「あの、これは……」
「いえ、その……先ほど、皇帝陛下が破壊されまして――」
…………??
おそるおそる扉を守る(守れてないが)騎士の告げた言葉に、エフィニアは首を傾げた。
はて、何故皇帝は自分の部屋の扉を壊すような真似をしたのだろうか。
いや、今重要なのはそこじゃない。
今はとにかく、彼に話を――。
だが、その時壊れた扉の向こうからエフィニアの耳に飛び込んできたのは、とんでもない言葉だった。
「いやいや、よかったじゃん。運命の番が見つかるなんてめでたいことだろ」
「めでたい? 冗談はよせ。あんな子供みたいなのが俺の番だとは心外だ」
聞こえてきたのは、確かに皇帝グレンディルの声だった。
……子供みたいなエフィニアが番だとは心外だと?
いきなり噛みついて、勝手に運命の番にして、側室として後宮に入れようとしている癖に?
よくもそんな被害者面ができるものだ。厚顔無恥にもほどがある。
(そう……陛下のお気持ちはよぉくわかったわ)
わずかに抱いた希望が、ガラガラと崩れ落ちていく。
話し合いをしようなどと、無駄な足掻きだったようだ。
皇帝グレンディルは……話し合う価値もないとんでもないクズ野郎なのだから!
燃えるような怒りと凍り付くほどの侮蔑を抱えたまま、エフィニアは制止を無視して執務室の中へと足を踏み入れる。
執務室の中には、皇帝ともう一人、見知らぬ青年がいた。
二人はエフィニアの姿を見た途端「しまった!」というような表情になったが、エフィニアはそんな二人ににっこりと笑いかける。
「お話し中失礼いたします、皇帝陛下。わたくし、陛下に申し上げたいことがあってこちらへ参りましたの」
グレンディルは何も言わない。
それをいいことに、エフィニア続ける。
「わたくしは運命の番だからといって出しゃばるつもりはございません。陛下の愛も求めません。属国の王女として、後宮に入ることも承知いたしました。もちろん、わたくしの元へ通っていただく必要もございません。ですから……」
すぅ……と息を吸い、エフィニアは思いの丈をぶちまけるようにまくしたてた。
「金・輪・際! わたくしに構わないでくださいませ!!」
それだけ言うと、優雅に一礼してその場を後にする。
皇帝も、皇帝の傍に居た男も、皇帝を守る騎士さえも……皆呆然としてその場から立ち去る妖精の王女を引き止めることはできなかった。
(いいわ、後宮に入ってやろうじゃないの。そっちがその気なら、私だって勝手にさせてもらうだけよ!!)
ずんずんと大股で皇宮を闊歩しながら、エフィニアはメラメラと怒りに燃えていた。
◇◇◇
「ようこそいらっしゃいました、エフィニア王女殿下」
たどり着いた後宮の正門の前には、何人かの女官が待ち構えていた。
エフィニアがやって来たのを見て、中年の女官が一歩前へ進み出る。
「私はこの後宮の女官長を務めさせていただいている者です。どうぞ、お見知りおきを」
言葉尻こそ丁寧だが、女官長がこちらに向ける視線にはあからさまな侮蔑が滲んでいた。
「本当にこんなチビを後宮に?」とでも言いたげだ。
(まったく、私だって来たくてここに来たわけじゃないのに……。竜族って本当に傲慢ね!)
この場にいる女官はおそらく皆竜族の者なのだろう。
身長も高く、エフィニアからすれば見上げなければ会話ができないほどだ。
必死に顔を上げるエフィニアを見て、女官長はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。
憤りをぐっと抑え、エフィニアは花のような笑顔を作って見せる。
「フィレンツィア王国第三王女、エフィニアと申します。皆さま、どうぞよろしくお願いいたします」
――どんな時でも誇りと気品を忘れずに、可憐な花を演じて棘を刺す機会を待て。
幼い頃からみっちり教えられたとおりに、エフィニアは優雅に一礼してみせた。
その様子に女官長は面食らったようだが、すぐにコホンと咳払いして後宮へと続く門を開く。
「さぁ、こちらへどうぞ。王女殿下」
エフィニアはごくりと唾をのんで、後宮へと足を踏み入れた。
マグナ帝国の後宮は想像よりもずっと広大だった。
いくつもの建築様式の異なる建物が立ち並び、庭園が広がり……まるで一つの小さな町のようだ。
「我が帝国の後宮には大陸中より多くの姫君が集まっておられるゆえ、それぞれの種族の性質にあったお住まいを提供させていただいております」
ドヤ顔でそう告げる女官長の話を聞き流しながら、エフィニアは周囲に視線を走らせた。
確かに側室と思われる着飾った女性や行き交う女官、下働きの少女に至るまで竜族だけではなく、多くの種族の者が集められているようだ。
女官長はどんどんと後宮の奥へと足を進めていき、エフィニアは置いて行かれないように小走りでついていく。
荘厳な建物をいくつも通り過ぎ、ひとけが無くなった後宮の片隅で女官長はやっと足を止めた。
「こちらがエフィニア王女殿下にお過ごしいただく邸宅になります。妖精族は自然を愛し質素な暮らしを好むと伺いましたので、このようなお住まいを用意いたしました」
そう言って満面の笑みを浮かべた女官長が指し示したのは……ほとんど朽ちかけた、ボロボロの屋敷だった。