38 妖精王女、外出に期待を抱く
約束の日、エフィニアはイオネラを連れて迎えに来た馬車に乗り込んだ。
今日はお忍びの視察ということで、身に纏うのはドレスではなくイオネラに借りたワンピースである。
イオネラも竜族に比べれば小柄であるが、エフィニアは更に小さい。ひざ丈のワンピースは足首の辺りまで丈があるし、袖もかなり詰めなくてはならなかった。
多少不格好にはなってしまうが、お忍びなのだから仕方ない。
「うふふ、こうしてみると妹に服を着せてやってたことを思い出します。うちって貧乏で、兄妹たちの服はみんなお下がりを着まわしてたんですよ」
「……そう、大変だったのね」
やたらと楽しそうなイオネラの声を聞きながらも、エフィニアもワクワクとした期待感を胸に秘めていた。
なんにせよ、憧れの帝都グルメ街へ行くのである。
何故皇帝がそんなところへ用があるのかはわからないが、連れて行ってくれるのだから存分に楽しまなくては。
馬車は皇宮ではなく、目立たない場所にある裏門へと向かっている。
そこで、皇帝グレンディルと合流する手筈になっているのだ。
ほとんどひとけのない裏門までたどり着くと、既にグレンディルはそこにいた。
「今日は面倒に付き合わせて悪いな、エフィニア姫」
本日の彼が身に纏うのは、威圧感を纏う皇帝の装束……ではなく、ラフな平服だった。
彼のそんな姿を見るのは初めてなので、エフィニアは少し驚いてしまう。
「お誘いいただき感謝いたします、皇帝陛下。しかし何故、視察にわたくしを?」
「いや……本日視察に向かう場所には、むさくるしい男ばかりで向かっては不審がられる場所もある。姫が適任だ」
(だったら例の寵姫やミセリア様でもいいのではないかしら? 他に皇宮の女官だっているのだし……それとも、他に何か理由があるのかしら)
エフィニアが適任だというからには、きっとそれなりの理由があるのだろう。
きっと皇帝には皇帝なりの考えがあるのだろうと自分を納得させ、エフィニアは頷いた。
すると、今度は皇帝の傍に控えていた側近らしき男がしゃしゃりでてくる。
「どうも~、グレンディル陛下の側近のクラヴィスで~す。姫には前に一度お目にかかってるんだけど、覚えていらっしゃいます?」
「……えぇ、よく覚えておりますわ」
もちろん、忘れるわけがない。
この軽薄そうな男――クラヴィスは、皇帝グレンディルが「あんな子供みたいなのが俺の番だとは心外だ」と言い放った時に、傍に居た人物だ。
その時のことを思い出し、少しムスッとしながらも、エフィニアは優雅に礼をして見せる。
「本日はよろしくお願いいたします、クラヴィス殿。こちらは同行させていただく、わたくしの侍女のイオネラと申します」
傍らに控えるイオネラを紹介すると、クラヴィスはへらりと軽薄な笑みを浮かべた。
「よろしく~うさちゃん。長い耳が美味しそうで可愛いね!」
「ヒィッ!」
冗談か本気かわからないクラヴィスの言葉に、イオネラは竦みあがりウサギ耳がピン、と伸びた。
「あはは、冗談だって。今日はよろしくな! その服も似合ってるよ」
「は、はい……」
(まったく、竜族の冗談は笑えないわ……)
エフィニアは内心でため息をつき、その場に沈黙が落ちる。
5秒、10秒……。
黙り込むグレンディルとクラヴィスに、エフィニアは内心で首を傾げた。
(……? 視察に行くなら早く行けばいいのに。他にどなたか待っているのかしら?)
よく見れば、クラヴィスが意味ありげにちらちらグレンディルに視線を送っている。
グレンディルはやっとその視線に気づいたようで、意味ありげに咳ばらいをした。
「エフィニア姫」
「……はい」
重々しく呼びかけられ、エフィニアは反射的に背筋を正す。
何か重要な話でもあるのかと思いきや――。
「姫の、今日の装いは……まるで妖精のように愛らしいな」
「ぅあ!?」
皇帝の口から出てきた褒め言葉に、エフィニアは仰天してしまった。
(この人も社交辞令とか言えたのね……まるで妖精のようにというか、こちらは本物の妖精族なんですけど……)
尊大で偉そうで、愛する寵姫以外には情けを決してかけず、無慈悲で冷血な皇帝……。
そんな彼が素直に(?)エフィニアを褒めるとは……意外にもほどがある。
想定外の展開に、エフィニアは早くも調子を狂わされそうになってしまった。
戸惑うエフィニアを見て、クラヴィスがにやつきながら口を挟んできた。
「ほんとかわいーよな! 陛下とエフィニア姫が二人並んで歩いてたら、まさにパパ活……じゃなくて! お似合いお似合い!! さぁ出発しましょうや!」
どこか慌てた様子のクラヴィスに、目立たない馬車に乗り換えるように促され、釈然としない思いを抱えながらもエフィニアは従った。
(ん? ……そういえば今、ものすごく失礼な言葉を聞いたような……)
少し引っかかりを覚えたエフィニアだったが、馬車に乗り込んだ途端クラヴィスが弾丸のように話し始めたので、結局意識を逸らされてしまったのだった。




