33 妖精王女、美容アイテムを生産する
「おいで……《アルラウネ》」
温室にやって来たエフィニアは、植物の生育を司る精霊――アルラウネを呼び出す。
背中に花の咲いたハリネズミのような姿をしたアルラウネは、つぶらな瞳をエフィニアの方に向けて嬉しそうに鳴いた。
『きゅいきゅい!』
わらわらと集まって来たアルラウネを撫でながら、エフィニアは微笑んで指示を出す。
「この温室を、立派な薬草園に変えたいの。お願いできるかしら」
『ピィ!』
心得た、とばかりに力強く鳴いたアルラウネは、フォーメーションを組むようにわらわらと散っていく。
そして配置につくと、独特のステップで踊り始めた。
『ピィ! ピピピピ!!』
ハリネズミがお尻をフリフリして踊るたびに、背中に咲いた花からポーンと種が飛び出す。
飛び出した種は地面に落ち、アルラウネの踊りに合わせて信じられないほどのスピードで発芽した。
更には茎をのばし葉を茂らせ……花を咲かせる。
アルラウネが可愛らしく踊るたびに、温室は見事な薬草園へと近づいていくのだ。
(さすがはアルラウネ。無人島に連れていきたい精霊ナンバー1の座は伊達じゃないわ!)
昔祖国で取ったアンケート結果を思い出しながら、エフィニアはイオネラに焼いてもらったクッキーを勢いよくばらまいた。
「はい! もう少し頑張って!!」
『ピィ!』
ハリネズミたちはわらわらとクッキーに集まり、しゃくしゃくと食べるとまた踊りを再開する。
精霊を使役するのには、精霊と信頼関係を築くのが最も重要になってくる。
エフィニアはお菓子を作り、分け与えることで、見事に精霊たちの懐柔に成功していた。
「さぁ、あと一息よ!」
今や温室は、緑の海のように青々と薬草が茂っている。
アルラウネがくるりとターンを決めると、ぽぽぽん! と次々に花が咲いた。
「よし、これだけあれば大丈夫そうね!」
アルラウネたちにお礼のクッキーを振る舞って、エフィニアは満足げに頷いた。
◇◇◇
アルラウネのおかげで活性化した薬草園からいくつかの薬草を摘み取り、いよいよエフィニアは商品開発に着手し始めた。
兄の開発を手伝っていたので、大まかなレシピは頭の中に入っているのだ。
「カレンデュラやカモミールは肌荒れ防止効果があるから……化粧水にできるわね。来て、《サラマンダー》、《ウンディーネ》」
エフィニアの呼びかけに応えて、2体の精霊が現れる。
『ムゥ~』
ムササビのような姿をした精霊――サラマンダーと、
『ピキュウ』
ペンギンのような姿をした精霊――ウンディーネだ。
サラマンダーは嬉しそうに周囲を飛び回り、ウンディーネはよちよちと可愛らしい足取りでエフィニアの元まで歩いてきた。
「来てくれてありがとう、二人とも。……サラマンダー、この花びらを乾燥させて欲しいの。頼めるかしら」
後ろ手に作ったばかりのビスケットをちらつかせながらそう頼むと、あちこちを飛び回っていたサラマンダーはひゅう、とエフィニアの元までやって来た。
『ムム~!』
毛を逆立てながら、サラマンダーが唸り声をあげる。
すると、エフィニアが用意していたカレンデュラとカモミールの花びらは、瞬く間にカラカラに乾燥した。
サラマンダーは火を司る精霊だ。
力の使い方次第では、このようなこともできるのである。
「ありがと、助かったわ。後は……」
用意した瓶に乾燥された花びらを投入し、イオネラに用意してもらった蒸留酒を注いでいく。
そして、「自分の出番はまだか」とそわそわしながら作業を見守っていたウンディーネに声を掛ける。
「ウンディーネ、あなたの力で超純水を作って欲しいの。出来るかしら?」
『ピキュイ!』
ウンディーネはパタパタと羽を動かし、トタトタと瓶の傍へと近づいた。
『ピキュ~』
必死に羽をパタパタさせながら唸るウンディーネの目の前に、ゆらりと透き通った水の塊が出現する。
『キュイ!』
ウンディーネが大きく羽を広げると、水の塊はちゃぽん、と瓶の中に落ちた。
ウンディーネが作り出したのは、超純水――限りなく純度の高く穢れの無い水だ。
更にウンディーネが精製した超純水には、強い浄化作用もある。
化粧水に用いれば、不純物を浄化してお肌をしっとりつるつるに保ってくれるのだ!……と兄が熱弁していたのをエフィニアは思い出す。
(効果は間違いないのよね。売り方を工夫すれば……売れるはず!)
ここは後宮。身分の高い女性が集まる場所だ。
エフィニアのように政治的に後宮に入り、別に皇帝の寵愛など欲していない者もいるだろうが……誰だって多少なりとも美容に興味はあるだろう。
(側室用の高級品と……侍女や女官用の価格を抑えた物も用意しようかしら)
わくわくと展望を思い描きながら、エフィニアは次の商品の再現へと着手するのだった。




