31 妖精王女、世知辛い現実にぶちあたる
皇帝グレンディルの「運命の番」であり、ミセリアの誘いをきっぱり断ったエフィニアは……いつの間にか反ミセリア派の旗印に祭り上げられていたらしい。
アドリアナが話を広めたのか、あれ以来エフィニアの屋敷には次々と、どこの派閥にも属さない立場の弱い側室が訪れるようになっていた。
「エフィニア様、お会いできて光栄ですっ!」
「わたくし、やはり皇后の座にふさわしいのは皇帝陛下の『運命の番』でいらっしゃるエフィニア様しかいないと思うのです」
(やめてえぇぇぇぇ……!!!)
彼女たちはエフィニアが皇帝が寵愛する妃であり、すぐにミセリアを打ち破って皇后の座に就くと信じ切っているのだ。
(皇帝からは別の寵姫の盾としか思われてないし、そもそも私は皇后になるつもりなんてまったくないんですけど??)
……と叫びたいのを堪えつつ、エフィニアはその話になるとにこにこ笑って話題を逸らしていた。
彼女たちの希望を打ち砕くのは気が引けるし、何よりこの中にミセリア派のスパイがいないとも限らない。
あまり手の内は明かしたくないのだ。
それに、多少なりともエフィニアにメリットはあった。
他の側室と交流するようになると、やはり入ってくる情報の量は格段に増えるのだ。
この後宮についての情報も、後宮の外の情報も、だ。
「わたくし、カレーなる料理は帝国を訪れて初めて口にしましたの。最初は驚きましたが、今ではやみつきですわ」
「わたくしはお菓子の種類の豊富さに驚かされましたわ。今後故郷へ帰ることがあったら物足りなく感じてしまいそうで……」
今日の話題は、マグナ帝国の食文化についてだ。
膨大な領土を誇り、数多の国々を従属させている大帝国。
特にここ帝都は大陸最大の都市であり、様々な国や種族の文化が集う場所となっている。
きゃっきゃとはしゃぐ側室たちの話を聞きながら、エフィニアはまだ見ぬグルメに思いを馳せるのだった。
「後宮の料理にも様々な国のメニューが取り入れられているようですが、帝都のグルメはもっと奥が深いのですね……。わたくしも味わってみたいものですわ」
しみじみとそう口にすると、一人の側室がにっこりと笑う。
「エフィニア様、お取り寄せを使えば後宮に居ながら外の料理を味わうことが可能ですのよ」
「お取り寄せ?」
「えぇ、カタログを差し上げますわ」
何でも後宮には決まった日に外から商人が訪れ、側室たちがショッピングを楽しむのだという。
事前にカタログにある品を注文しておけば、商人が取り寄せてくれるのだとか。
「出来上がった料理を取り寄せたり、場合によっては料理人が派遣されて目の前で調理をしてくれることもありますのよ」
「わたくし、もう何種類ものカレーを食べ比べておりますの。最近ではどのスパイスを使っているのかも当てられるようになりましたのよ」
楽しそうにお勧め料理を上げていく側室たちに、エフィニアの気分は一気に上昇した。
(そんな楽しいサービスがあるなんて、知らなかったわ……)
どうせ例によって例のごとく、あの女官長がわざとエフィニアに教えなかったのだろう。
これからはもっと充実した後宮ライフが……と貰ったカタログに目を通した途端、エフィニアは目が飛び出そうになってしまった。
(高っ!)
カタログに記されていたのは、とんでもない高価な値段の品々ばかりだったのだ。
……考えてみればおかしなことではない。
この後宮で暮らすのは、各国の王族や高位貴族の姫君ばかり。
ふんだんにお小遣いが使えるわけである。
それをいえばエフィニアも一国の王女なのであるが……少なくとも湯水のように金が使えるような立場ではないのだ。
「あ、ありがとうございます……。いろいろ検討してみますね」
カタログをくれた側室に礼を言って、エフィニアはなんとか引きつった笑みを浮かべた。




