30 妖精王女、とんでもない誤解を受ける
「ええぇぇぇぇ!! ミセリア様を敵に回されたんですか!? なんて恐ろしい……」
「だって、気に入らないんだもの。ちょっと脅せば言うことを聞くと思ったら大間違いよ」
「ひえぇ……。今まで何人もの側室が、ミセリア様に睨まれて後宮を去ってるんですよぉ……。エフィニア様も、どんな目に合うか――」
「仕掛けて来るなら迎え撃つだけよ。でも……イオネラ、あなたがそんなに不安なら逃げてもいいわよ」
ミセリアのお茶会での顛末を伝え、これから何が起こるかわからないから逃げてもいいと伝えると、イオネラはぶるぶると震えながらも必死に首を横に振った。
「いいえ……! このイオネラ、最後までエフィニア様にお供します!」
「……大げさね」
口では呆れたようなことを言いつつも、エフィニアは彼女の献身を嬉しく思っていた。
元々打算的に拾った侍女だったが、今の彼女はエフィニアにとってはなくてはならない右腕だ。
「……少し散歩に行きたいわ。お供をお願い」
「はい、喜んで!」
照れ隠しのようにそう呟き、エフィニアは気分転換をしようと外へ繰り出した。
後宮はそれ自体が小さな町のような作りになっており、中々後宮の外へと出られない側室のためにいくつもの散歩道が整備されている。
エフィニアがいつものようにぶらぶらと歩いていると、不意に通りがかった女性から声を掛けられた。
「あの……エフィニア様!」
声を掛けてきたのは、美しく着飾った女性だった。
見覚えはないが、おそらく側室の一人なのだろう。
もしやミセリアの刺客だろうか……とこっそりイオネラに視線をやると、彼女は「大丈夫です」とでもいうように頷く。
イオネラはいろいろ抜けているように見えて、ウサギの獣人らしく優れた聴覚を活かし、意外と諜報能力には長けている。
彼女が大丈夫だと判断した相手ならば、少なくとも今すぐの危険はないだろう。
「御機嫌よう、とても良い天気でお散歩日和ですね」
微笑んでお辞儀をすると、相手の側室も丁重な所作で礼を返す。
「初めまして、エフィニア様。わたくし、アドリアナと申します。エフィニア様と同じく、側室の一人ですわ。よろしければ、少しお茶でもいかがですか」
そうしてアドリアナは、エフィニアを近くのガーデンテーブルへと誘った。
エフィニアが席に着くと、アドリアナの侍女が素早く準備を整えてくれる。
その間に、アドリアナは自らの身の上について話してくれた。
彼女は妖鳥族という種族が住む小国の王女で、政治的な理由でこの後宮に入ったのだという。
どことなく自分と立場が似ていて、エフィニアはシンパシーを感じた。
「いままではずっと息をひそめて暮らしてきたのですが、少し前に、その……ミセリア様に目を付けられてしまいまして……」
「……なるほど」
エフィニアと同じくミセリアの危うさを感じ取った彼女は、ミセリアの派閥には入らずに逃げたのだという。
すると、ミセリアの一派から嫌がらせを受けるようになったそうだ。
「私は、恐ろしくてミセリア様に逆らおうとする気すら起こりませんでした。だから……エフィニア様の武勇伝を聞いて、なんて勇気ある御方がいらっしゃったのかと感激いたしまいした!」
「…………ん?」
「ミセリア様の派閥の方に囲まれながらも、啖呵を切って正々堂々と立ち向かわれたのでしょう? 今後宮は、エフィニア様のお話で持ちきりですわ!」
エフィニアはティーカップを手にしたまま固まってしまった。
(……ちょっと待って。まだあのお茶会を切り抜けてからそんなに時間は経ってないわよね? なのに、こんなに短時間でとんでもない噂が出回ってるの!?)
エフィニアはただ、ミセリアのやり方には賛同できないと派閥入りを拒んだだけだ。
それが何故、「啖呵を切って正々堂々と立ち向かった」ことになっているのか……!
(後宮の噂の広まり方を甘く見てたわ……!)
娯楽に乏しい後宮では、噂の広まり方と尾ひれの付き方がとんでもないとイオネラが教えてくれたことがある。
自分が渦中の人物となって初めて、エフィニアはその恐ろしさを実感したのである。
「表向きに逆らうことはできませんが、ミセリア様のやり方に反発する側室は多数存在します。そんな我々にとって、エフィニア様はまさに希望の星ですわ!」
キラキラと瞳を輝かせてそう熱弁するアドリアナに、エフィニアはただ引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。




