26 竜皇陛下、ショックを受ける
「帝国のお庭の様式はこのようなものが一般的なのですね。勉強になりますわ」
「竜族には風流を解するような心が育ちにくいと言われているからな。どちらかというと質実剛健に重きを置いたようになってしまう。フィレンツィア王国には年中多くの花が咲き誇ると聞くから、姫には物足りないだろう」
「いいえ、こちらのお庭も素敵ですわ」
グレンディルは特に苦労もなく、エフィニアと会話らしい会話が成立していることに感動していた。
エフィニアは「あちらに行きませんか?」と徐々に人気のない方へとグレンディルを誘導していく。
そして木々によって人目が遮られる場所にまでやって来ると、真っすぐにグレンディルを見つめ、口を開いた。
「陛下。わたくし、陛下にお伺いしたいことがございますの。……陛下のご寵愛なさる御方のことでございます」
――『それでね、今の後宮は皇帝陛下の寵姫探しでピリピリしていて……本当に参っちゃうわ』
以前幼竜の姿で聞いた話を思い出し、グレンディルはごくりと唾をのんだ。
そう、今日こそは伝えなくては。
グレンディルの「寵姫」は、他でもないエフィニア自身のことなのだと。
そうすれば、きっとこの想いを伝えられ――。
「ご安心ください。わたくしを寵愛なさる方の盾にしたこと自体を怒っているわけではございませんので」
「…………ん?」
「『運命の番』なんて厄介なものになってしまったんですもの。多少不利益を被るのは想定の範囲内ですわ」
「…………」
「今すぐその寵姫様がどなたなのかを教えろとは申し上げません。ただ、わたくしに遠慮なさる必要はないとご理解いただければ。わたくしとて今は側室の一人です。陛下の恋路に、多少はご協力できることもあるかと思いますわ」
したり顔で、エフィニアは得意そうにそう口にした。
想定外の言葉にショックで思考停止していたグレンディルは、じわじわと彼女の言葉の意味を理解し始めていた。
つまり、エフィニアは……自分がグレンディルの寵姫であるなどとは露ほども思っていないのだ!
グレンディルには真の寵姫が居て、しかもエフィニアはその盾にされていると思っているのだろう。
そう気づいた途端、グレンディルは多大なるショックを受けた。
エフィニアが機嫌よさそうにしていたのは、グレンディルに好意を持っているからなのではない。
彼女はグレンディルに他の想い人がいると思い込んでいて、その相手との恋路を祝福しようとしているだけなのだ!
「ですからわたくしは……陛下? どうかなさいましたか?」
「いや……何でもない」
ここで、「寵姫なんていないし俺が想っているのは君だ」と伝えられたのなら、エフィニアも自身の勘違いに気づいたのかもしれない。
だが恋愛方面に関しては卵から出てきたばかりの雛レベルなグレンディルは、エフィニアの勢いに押されて何も言うことができなかった。
そして気が付けば、エフィニアは大いに勘違いを抱えたまま、上機嫌で後宮に帰って行ってしまったのである。




