22 妖精王女、獅子姫を撃退する
エフィニアが手を叩くと、リズムに合わせてアルラウネたちが軽やかに踊り出す。
その様子は何とも愛らしくて、レオノールの侍女たちは状況も忘れて目を輝かせていた。
ただ一人、レオノールだけは猫耳をぴくぴく震わせて、不満げに言葉を漏らす。
「ふん、この稚拙なお遊戯会が舞踏会ですって? さすがはド田舎の世間知らず姫ね!」
レオノールはまだ気づいていないのだ。
既に、エフィニアの毒牙が喉元にまで迫っているのを。
アルラウネがくるりとターンするたびに、その力に触発されて庭に咲き誇る花々がぶわっと花粉をまき散らす。
すぐに辺りは、濃厚な花粉に満たされていく。
「くしゅっ……す、すみません」
「へっくち! ……おっと失礼」
鼻の利く獣人たちには、特にこの花粉攻撃は有効だったようだ。
すぐにレオノールの侍女たちは、小さなくしゃみを繰り返しながら鼻を押さえ始めた。
(さすがは獣人の王女……。鼻がむずむずして仕方ないはずなのに、ここまで耐えるなんて……)
レオノールだけは、不快そうに眉をしかめながらアルラウネの可愛らしいダンスを眺めている。
高貴なる王女が、人前でくしゃみをするなんてとんでもないと思っているのだろう。
敵ながらあっぱれだ。エフィニアはレオノールの忍耐強さに感心してしまう。
(でも、いつまで耐えられるかしら?)
アルラウネはふりふりとお尻を振りながら、連続してくるくると回っている。
それと同時に、周囲の花々が一斉に花粉をまき散らしていく。
妖精族は耐性があるので平気だが、レオノールたちはひとたまりもないだろう。
「……もうたくさんよ。帰らせてもらうわ」
ついに我慢が出来なくなったのか、レオノールはがたりと音を立てて椅子から立ち上がった。
エフィニアは足を踏みしめて、その進路に立ちふさがった。
「見世物の最中に中座なんて失礼ではないですこと? 理由をお聞かせくださいな」
「このっ……どきなさ――ぶえっくしょい!!」
辺りを揺るがすような、巨大なくしゃみの音が響き渡る。
アルラウネたちは驚いて踊るのをやめ、レオノールの侍女たちは真っ青になった。
エフィニアはただにっこり笑って、レオノールにハンカチを差し出してやる。
「あらレオノール様。鼻水が出ていらっしゃいますわよ」
「っ――――!」
その途端、レオノールは真っ赤になってその場から走り去った。
「待ってくださいレオノール様~」と情けない声を上げて、侍女たちもその後を追っていく。
やっと静かになった庭先で、エフィニアは勝利の微笑みを浮かべた。
「毒を持って毒を制す……なんてね」
(本物の毒花だったら今頃レオノール様の命はなかったけど……意外と側室って不用心なのね)
そんな物騒なことを考えると、バタバタと慌てた様子でイオネラがやって来る。
「お待たせしましたエフィニア様~」
「イオネラ待って、ここに来ない方がいいわ。レオノール様たちはもうお帰りになったから、中でお茶を飲みましょう」
「えっ、もう帰ったんですか!?」
この場にはまだ濃厚な花粉が残っている。
レオノールと同じく獣人のイオネラには辛いだろう。
イオネラの背を押して屋敷に戻しながら、エフィニアはふと考えた。
(そういえば……皇帝陛下の寵姫って、誰なのかしら? レオノール様も知らないってことは、あまり目立たない方なのかしら……。まぁ、私には関係ないけど!)
まさかその「寵姫」が自分であるなどとは露知らず、レオノールに勝利したエフィニアは上機嫌でティータイムに興じるのだった。




