19 竜皇陛下、あらぬ噂を立てられる
耳をすませば、すぅすぅという可愛らしい寝息が聞こえてくるのだ。
どうやら自分はエフィニアのベッドで、彼女と共に一夜を過ごしてしまったらしい。
(……いや待て、どうしてこうなった!)
確か昨日は幼竜の姿のままエフィニアの元を訪れたはずだ。
機を見て正体を明かそうとタイミングを見計らううちに、夕食を振舞われ、優しく撫でられ……不覚にも眠ってしまっていたらしい。
エフィニアがこんなにも無防備に寝ていることから、おそらく寝入った時には幼竜の姿だったのだろう。
就寝中に、変化が解けてしまったようだ。
(くっ、これはまずい……!)
エフィニアは未だ幼竜の正体がグレンディルだということを知らないはずだ。
このまま彼女が目を覚ませば、自分は知らないうちに寝所に潜り込んだ変態になってしまう……!
そうなれば、すべてが終わりだ。
いくら相手が側室といえども、「幼い容姿の妃に欲情し、幼竜の姿で油断させ無理やり寝所に潜り込む変態野郎」という目で見られ、グレンディルの威厳は失墜する。
もちろんエフィニアは二度と口も利いてくれなくなり、関係の修復は絶望的になってしまう。
それだけは、避けなければ……!
(もう一度変化を……くっ、駄目か……!)
幼く小さな竜に変化するというのは、実はかなり高度な魔術なのである。
竜族の中でも、グレンディルほど鮮やかに幼竜の姿になれる者は類を見ないだろう。
この小さな体を維持し続けるのには膨大な魔力を消費する。
どうやら眠っている間に、グレンディルの魔力も枯渇してしまったようだ。
もう一度幼竜の姿に変化しようとしたが、やはりうまくいかなかった。
焦るグレンディルの耳に、更なる破滅の足音が聞こえてくる。
「エフィニア様~、朝ですよ~」
部屋の外からエフィニア付きの侍女の声が聞こえ、グレンディルは凍り付いた。
エフィニアもその声に反応し、「んー……」と愛らしい声を漏らす。
駄目だ、絶体絶命の状況だ。
この状況を侍女に目撃され、エフィニアが目覚めれば……グレンディルの竜生は終わる。確実に終わる。
(仕方ない。かくなる上は……!)
覚悟を決めたグレンディルは、目にもとまらぬ速さで窓際へ駆け寄った。
そして一息に窓を開け放すと、ひらりとそこから身を躍らせる。
「エフィニア様、ドラゴンちゃんの様子は……あれ、いませんねぇ」
「おはよう、イオネラ……うそっ! あの子がいないわ!!」
間一髪で目覚めたエフィニアの慌てる声を聞きながら、難なく地面に着地したグレンディルは素早くその場を後にした。
そのまま人目につかないように後宮を出ようとしたが、運悪く後宮の入り口付近で巡回の女官に見つかってしまう。
「えっ、皇帝陛下!? ナンデ!!?」
「……後宮の主たるこの俺が、ここにいてはいけないとでも?」
「いえっ、滅相もございません!!」
なんとか適当に誤魔化し、堂々と門をくぐり後宮からの脱出に成功する。
だがすぐに、グレンディルは大きく後悔することになる。
「号外! 号外!! 皇帝陛下が後宮で夜を明かされました!! ついに寵姫様ができたものと思われまぁす!!」
後宮方面から大声で触れ回る女官の声が聞こえ、グレンディルはズキズキと痛む頭を押さえた。