18 竜皇陛下、うっかり油断する
その途端、エフィニアの胸に歓喜が押し寄せた。
「来てくれたのね……!」
その姿を目にした途端嬉しさがこみあげてきて、エフィニアはぎゅっと幼竜を抱きしめた。
じんわりと暖かな体温が伝わって来て、幼竜も嬉しそうに腕の中でくるくると喉を鳴らす。
竜の鱗は硬いというイメージがあったが、幼竜の鱗はまだ柔らかく体つきももちっとしているのだ。
ついエフィニアは、欲望のままにぎゅうぎゅうと強く抱きしめてしまう。
「きゅっ、きゅうぅぅぅ……!!」
「あっ、ごめんね……! 苦しかったね……」
慌てて幼竜を解放し、膝にのせてよしよしと頭を撫でる。
すると幼竜は、すりすりとエフィニアの指先に鼻先を擦り付けてきた。
「……また会えて嬉しいわ。来てくれてありがとう」
ゆっくりと幼竜の体躯を撫でながら、エフィニアは心を込めてそう囁く。
この小さな竜がエフィニアのことを覚えていてくれて、会いに来てくれたことが何よりも嬉しいのだ。
時刻は既に夕暮れを迎えていたが、以前とは違い幼竜は帰ろうとするそぶりを見せなかった。
「時間は大丈夫? よかったら夕食も一緒に食べていかない?」
「くるるぅ」
幼竜が肯定するような声を出したので、エフィニアは上機嫌で幼竜を抱えたまま屋敷の扉を開ける。
「イオネラ、お客さんが来たわ!」
「えっ、いったいどなたが……まぁ! この前のちっちゃなドラゴンちゃんじゃないですか!」
「うふふ、今日は夕食も一緒に食べていってくれるみたいなの」
「それなら気合を入れて作りますね!」
きゃっきゃとはしゃぐエフィニアの姿に、幼竜――の振りをした皇帝グレンディルは満足げに喉を鳴らした。
グレンディルに対峙する時の冷たい態度とは違い、ここにいるエフィニアは優しく穏やかだ。
きっと、これが彼女の本当の姿なのだろう。
うまく誤解を解けば、皇帝の姿の時もこのように穏やかに付き合えるのかもしれない。
そう、うまくタイミングを見計らって正体を明かし、これまでのことを謝ろう。
うまくタイミングを、見計らって……。
「夕食が出来たわ。遠慮せずに食べてね」
いや、もう少し待ってから……。
「はい、あ~ん」
もう少し、もう少しだけ……。
「デザートはどう? とっても美味しいのよ!」
あと少し、警戒を解いた後でも……。
「私の膝で食べたいの? しょうがないわね……」
正体を明かす、タイミングを……。
「あらあら、たくさん食べたら眠くなっちゃったの? よかったら泊っていく?」
うまく、タイミングを――。
◇◇◇
「…………はっ!」
チチチ……と爽やかな鳥の声が聞こえ、グレンディルははっと目を覚ました。
カーテンの隙間から日の光が差し込み、既に朝を迎えたことを告げている。
……それにしても、ここはどこなのだろう。
まだ寝ぼけた頭のままグレンディルは身を起こし、無意識に手元の武器を探ろうとした。
だがその途端、何か暖かなものに指先が触れる。
反射的にそちらに視線を向け……グレンディルは仰天してしまった。
「!!?!?!!?」
うっかり声を出さなかったのは、まさに奇跡だと言えるだろう。
グレンディルの傍らでは、小さな番――エフィニアが無防備に眠っていた。