17 妖精王女、幼竜と再会する
「…………何がいけなかったんだ?」
「お前の今までの態度と、極めつけはエフィニア王女を椅子に乗せた時のアレだな。逆に何で行けると思ったんだ?」
運命の番――エフィニアとの食事会の後、皇帝グレンディルは静かに落ち込んでいた。
グレンディルはもっとエフィニアに近づきたかった。
彼女が己の運命の番だからだろうか。いや……むしろ今はそんな本能的な欲求よりも、こっそり後宮に忍び込んだ時のように、優しく微笑んで欲しいと願っているのだ。
だから食事会の名目で彼女に会い、少しでも親しくなれたら……と目論んでいたのだが、控えめにいっても大失敗に終わってしまったのだ。
しかし落ち込む時も無表情なので、事情を知らない側近には「また何か恐ろしいことを考えているに違いない……!」と怯えられる始末。
かくして怯える部下たちには遠巻きにされ、現在冷血皇帝の執務室にいるのは物好きな側近――クラヴィスのみ。
クラヴィスは無表情で落ち込む皇帝を、どこか面白おかしそうに眺めていた。
「いくら何でもあの持ち方はないだろ。いきなりあんなことされたらキレるかビビるかして当然だっての」
「……後宮で会った時のエフィニア姫は、とても穏やかに笑っていた。だから、少しは距離を詰められたかと思ったんだが――」
「あのなぁ……エフィニア王女が世話を焼いたのはお前じゃなくて、ちっこいドラゴンなんだって。彼女はお前があのドラゴンだってことに気づいてないんだから」
「そうだったのか……!」
その事実は、グレンディルにとってまさに青天の霹靂だった。
グレンディルにとっては、皇帝の姿も幼竜の姿もどちらも自分であることに変わりはない。
だがエフィニアにとっては、「皇帝グレンディル」と「迷子の幼竜」はまったく別の存在なのだ。
うっかりそこを失念して「後宮であんなに親しくなれたのだから、喜んで食事にも来てくれるだろう」と考えていたグレンディルは唖然とした。
「まずは、彼女に正体を明かそうか……」
「皇帝グレンディル」として会えば、またエフィニアは警戒するだろう。
まずは幼竜の姿で彼女と会って警戒を解いてもらい、機を見て正体を明かすのだ。
そうすればきっと、彼女は今の姿の「グレンディル」にも優しく微笑んでくれるに違いない。
決意を秘め、グレンディルは立ち上がった。
◇◇◇
「はぁ……ついカッとなって重要なことを聞き忘れてしまったわ」
後宮の屋敷に戻ったエフィニアは、少しだけ自分の軽率な行動を後悔していた。
皇帝グレンディルに塩対応したことではない。
むかむかと怒っている間に、「何故自分をここに呼んだのか」と「後宮に興味がないのなら皇后争いはどうなるのか」ということを聞き忘れてしまったことに対してである。
(でもまぁ……あの雰囲気じゃもう二度と呼ばれないだろうし、私を皇后争いに担ぎ出す気もなさそうね。きっとこのまま何もなく過ぎていくわ)
もしかしたら皇帝グレンディルは、「運命の番」としてエフィニアのことを気遣ってくれたのかもしれない。
だがエフィニアとしては、「頼むからそっとしておいてくれ」というのが本音だ。
グレンディルが何の気はなしに起こした行動でも、後宮の妃や女官たちにとっては一大ニュースになってしまうのだから。
エフィニアの望みは、ただ穏やかに暮らすこと。
運命の番だか何だか知らないが、皇帝には早く適当な相手を皇后として据えて欲しいものである。
(まぁ、今日の様子を見る限りはきっと皇帝陛下も気分を害されて、もう二度と私に関わろうとはしないでしょうね……)
エフィニアは竜族の「運命の番」についてはよくわからない。
エフィニアが後宮にいて特に交流がなくてもグレンディルが普通に生活できるのなら、別に嫌々食事に誘う必要もないだろうと思ってしまうのだ。
「お疲れさまでした、エフィニア様」
「まったく、もう今回限りにして欲しいわ……」
イオネラの淹れてくれた紅茶を飲み、エフィニアは大きくため息をついた。
「……少し、庭を歩いてくるわ」
妖精族であるエフィニアは、種族の習性もあり植物の多い場所を好んでいた。
草花の生い茂る庭に出て、レプラコーンの作ってくれた小さなベンチに腰掛けると、どっと疲れが襲ってくる。
ゆっくりとまぶたを閉じたエフィニアは、いつの間にかうとうととまどろんでいた。
……どのくらい、時間が経ったのだろうか。
「…………きゅう」
どこか懐かしい鳴き声が聞こえ、エフィニアははっと目を開ける。
随分と、膝が温かい。
そっと視線を落とせば、エフィニアの膝の上にいつぞやの黒い幼竜がちょこんと座っていたのだ。